セラを訪ねて
神聖暦1621年6月、コンスタンツァの操る荷車は首都から東に向かって走っていた。
サーシャもコンスタンツァも、そしてエイミーすら最初は西へ向かうべきだと思っていた。しかしエイミーが首都に棲む鳥たちに聞き込みをしているうちに、西にはいないということがだんだんはっきりしてきた。
あるトビはこう言った。「東へ向かって飛ぶアルカディア・レイを見たよ。変な飾り羽根だな、と思ったけど、よく見たら人間だった。首の上に人間を乗せていたんだ。長い髪が
エイミーは見つけた鳥の姿になって飛んでいき、話を聞いて戻ってきて、人間の姿になって鳥たちの言葉を翻訳した。そんな作業を何十回と続けて手がかりになる情報は1つか2つだけだった。そのトビの情報が一番決定的だった。
荷車は街道を東へ進んだ。鳥を探すために天蓋の幌は取っ払ってあった。6月の日差しはぽかぽかとして気持ちがよかった。サーシャは単眼鏡を手に荷台に座り、エイミーは青いヒタキの姿で天蓋の枠組みにちょこんと乗ったまま気持ちよさそうに目を瞑っていた。
荷車を引くコンチネンタル・ランナーのブルームーンにそろそろ水を飲ませてやろうとコンスタンツァが手綱を引いた。震動が収まって単眼鏡の視界がクリアになる。サーシャは南の小山の方に小鳥の群れを見つけた。
「エイミー、あの群れは西に向かってるよ」
エイミーは目を開け、「ピピッ」と返事をして弾丸のように飛び出した。
エイミーは10分ほどで戻ってきた。いや、小鳥が1羽でまっすぐ向かってくるのでエイミーだと思っただけだ。それはヒタキではなくヒワだった。ヒワの群れだったのだろう。
サーシャは草地で体を伸ばしているところだったが、ヒワはその肩をわしっと掴んでとまり、「チュルリ! チュチュチュ!」と大声で鳴いた。小鳥の声量をナメてはいけない。耳元で鳴いたので鼓膜が破れてもおかしくないくらいの衝撃が突き刺さってきた。サーシャは思わずのけぞり、耳を押さえた。
「エイミー、その姿じゃ何を言いたいかわからない」
エイミーは荷台に降りてセラの姿に変身した。相変わらず素っ裸だった。しかも荷台の上に突っ立ったままだった。
「だから、すっぽんぽんはやめてって」サーシャは手でしゃがむようにジェスチャーしてベンチの上に畳んでおいた白いローブを指差した。
エイミーはローブを広げて羽織りながら何か言った。でも耳がキーンとしていてサーシャは何も聞き取れなかった。
サーシャは手のひらで耳を揉んで「なんて?」と訊き返した。
「人間は不便ねって言ったの」
「ああ」
エイミーはローブは羽織ったもののしゃがみはしなかった。荷台の端に立ってサーシャを見下ろしていた。
「あのヒワたち、龍姫を見かけたって言ってたわ。これは決定的でしょう。地図を広げて」
サーシャは荷台の奥を指差した。地図が入っている鞄はそこにある。
エイミーは仕方なさそうに取りに行って、畳んだまま荷台の縁に置いた。広げるのはやはりサーシャの役目だった。
「川辺の町で見かけたと言っていた。この方角に1日。ヒワの翼で1日なら200キロ程度かしら」
サーシャは地図の向きを実際に合わせ、指で尺を作ってエイミーの指した方角に距離を取った。
確かに川があり、町の名前が書き込まれていた。200kmより少し手前だ。
「コンスタンツァ、ちょっと」
彼女はブルームーンと一緒に池のほとりにいたが、「はーい」と返事をして走ってきた。
「この町までどれくらいで行ける?」
「見つかったんですか?」
「そんなところ」
コンスタンツァは荷台に上って地図をじっと見下した。
「リボルノか。この一帯に沼地があるんですが、この時期これを迂回しなきゃいけないんで、うーん……、2日はかかります。道もぬかるむんで、スタックなんかしたらもっと時間を食うかもしれない」
「着いた時にはいなくなってるかも、か」
「今飛んで行ったってもういないかもしれない」エイミーは言った。
「ちょっと見てきてくれない?」
「そう? 私はここに残った方がいいと思うけど。他の鳥たちがもっと新しい情報を持ってきてくれるかもしれない」
「私も乗って行けないかな」
「いいけど、車を残していくのは危険だと思わない? この先の沼地とやらにはラプテフ・ホッパーがウヨウヨしてるでしょ」
コンスタンツァは苦笑いした。
「馭者と走鳥をほっぽり出していくなんて、狩人の風上にも置けない」とエイミー。
サーシャはしばらく考え、それから答えた。
「まだいるにしろ、もういないにしろ、町まで行けばもっといい情報が手に入る。セラがどこにいるのか、どこへ行ったのか、わかるかもしれない。それに、荷物を置いて行っては旅が続かない」
「あ、私より荷物ですか。がっくし」コンスタンツァが肩を落とした。
「コンスタンツァあっての荷物だよ」
「ふふーん、じゃあさっさと出発しますか」
そう言ってコンスタンツァはブルームーンを荷車につなぎ直した。
エイミーはしばらくセラの姿のまま荷車のベンチに座ってローブをかぶっていた。
「でも、あなたは本当にセラを連れ戻さなければならないのかしら」
「何、いまさら」
「人間の頭って本当に考えるのが好きなのね。時間の流れがうんと速く感じられるわ」
「心配なのよ」サーシャは答えた。
「心配? アウロラの乗ったレイを見たというトビがいたのだから、無事はわかっているでしょう?」
「ただのレイかもしれない。あいつは龍を操るのだから」
「いいえ、アウロラはセラを連れていたの。人の姿で見たと言ってたわ」
「誰が?」
「さっきのヒワたち」
「それを早く言ってよ」
「あら、言ってなかった?」
「初耳ですね」コンスタンツァも加勢した。
「ああ、まだヒワの姿の時に言ったんだったかしら」
「わかるわけないでしょ!」
「で、話を戻すけど。無事ならわざわさ迎えに行かなくても、セラが帰りたい時に帰ってこさせればいいと思うのだけど。あの子にもそのくらいの
「それは……、そうね、そうかもしれない」
「なぜそれでも追い求めるの?」エイミーは膝に頬杖をついて首を前に出した。
サーシャは肩を竦めた。
「私が探してるってことをわかってほしいのよ」
「子離れできない親だって?」
「いいや。親離れを強いる親じゃないってことを、よ」
「どちらにしても親と子であることには変わりないのね」
「たとえよ。師弟であり、姉妹でもありうる」
「他人ね、要は」
「いや、
「そいつはあれですよ」またコンスタンツァが口を挟んだ。
「あれ?」
サーシャが訊き返すとエイミーもコンスタンツァを見やった。
「愛ですよ。手の中に閉じ込めておくような束縛はしない。でも気づいてほしい。わかってほしい。それは愛ですよ、愛」
サーシャとエイミーは少しの間黙った。
「それはたぶん真理だけど、あなたに言われると釈然としないわ」エイミーが言った。
「うん、私もそんな気がした」サーシャも乗った。
「えっ? なんで、ひどくないですか?」
コンスタンツァがうろたえると、まるで嗜めるようにブルームーンが「ギャオオウ!」と一声鳴いた。
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