案内人

 ロックホーンの巣の周辺で1週間も探し回った末、もう近くにはセラはいないということがはっきりとわかった。

 調査隊の大勢を追跡に同行させるのもあまりに大変だ。調査の目的もまだ達していなかったが、一度首都に戻ることになった。セラがどこへ連れて行かれたのか、近場で探していても検討がつかない。首都の方が情報も集まっているのではないか? サーシャは居残りたい気持ちを抑えて首都に同行した。


「狩人を襲う狩人がいるという話、聞いたことない?」サーシャは受付さんに小声で訊いた。

「聞いたことは……ないわけでは、ないですけど」

 サーシャは財布から金貨を1枚出してカウンターにそっと置いた。

「でも、そういうことはお教えできないんです」

 サーシャは相手の顔色を見ながら金貨を5枚まで積んだ。それはちょっとしたクエストの報酬を上回る額だった。

 受付さんは顔を近づけた。

「各地の支所からの報告をまとめると、この1年で50組以上のパーティーが襲われています。単に行方不明として処理されているケースを含めるとその件数はもっと増えるでしょう」

「各地?」

「はい。南の山脈から北の氷床まで、ありとあらゆる場所で」

「1人ではないってこと?」

「いいえ。目撃証言は一致しています。白い髪の少女で、大槍を携え、龍に跨っていたと」

「同じだ……」

「見かけたんですね?」

 受付さんはそう訊いてから、気づいたように金貨の一番上の1枚をサーシャに差し戻し、残りの4枚を自分の方へ引き寄せた。

「西の半島、ロックホーンの巣。セラが攫われた」サーシャは答えた。「でもなぜ注意を促さないの? 討伐隊を組んでもいいはず」

「狩人の間では噂になっていますよ。サーシャが他の狩人と絡まないからでしょうね。それに、相手が人間ですから、ギルドでは対処できないんです」

「軍の管轄か。つまり、居場所もわからないというわけ?」

「はい。時たま注意情報が送られてくるのですが、本当にたまにですし、それが当たった試しもありません。もしかして、探しに行かれるのですか?」

「そのつもりよ。たとえ当てがなくても、ね」

「ではお気をつけて。これは私からのささやかな餞別です」

 受付さんはそう言って金貨をもう1枚差し戻した

 サーシャはため息をつきながら金貨を受け取った。


 サーシャは軍務省に向かって歩きながら考えた。ギルドから対処を引き受けた軍がそう簡単にギルドの一員に情報を開くだろうか。軍隊というのはそもそも閉鎖的な組織だ。それに、教えてもらったところで役に立つ情報が手に入る保証もない。むしろダメ元だろう。

 それか、あの人狩りの少女が龍の味方をして龍の間で生きているなら、龍に訊いた方が見込みがあるんじゃないのか?

 でも、龍に聞くなんて、どうやって――。

 いや、いる。

 話の通じる龍がいるじゃないか。


 龍研に駆け込んだサーシャはソフィアを呼び出した。ソフィアは頭にヘルメットみたいなギプスを巻いていた。狩人狩りの少女との戦いで首を痛めてしまってからこんな状態だった。

「メタモーフに会わせてもらえない?」

「エイミーのこと?」

「そう。前にセラが面会したメタモーフ。時々ここを抜け出して外を出歩いてるって話だったでしょう? それならあの狩人狩りのことも知ってるかもしれない」

「待って、抜け出す? そんな話初耳よ」

「そんなことはどうでもいいから、早く会わせて」

「そんなこと!」


 でもとにかくソフィアは地下区画まで連れていってくれた。

 エイミーはそこにいた。水槽のような空間の中で岩の上に座ってうとうとしていた。

「ねえ、エイミー、狩人を狙う少女の噂を聞いたことはない? 教えてほしいんだけど」

 サーシャはそんな調子で何度か呼びかけたが、エイミーはうとうとするばかりで聞く耳を持とうとしなかった。

「お願い。セラが攫われたんだ」

 エイミーは何度か瞬きして、翼の付け根に差し込んでいた頭を持ち上げた。そして立ち上がり、人間の姿に変身しながらガラスに近づいてきた。白い髪、赤い目。それはセラの姿だった。

「私がセラの姿をしていたって、気づいた?」エイミーは訊いた。「あなたが急いでここへ来るのに気づいて、私も急いで戻ってきたの。きっと私のところへ来るだろうって。普段こんな時間帯に人なんて来ないものね。それで、気づいた?」

「いや、私はメタモーフの成龍になったセラを見たことがないよ」

「でも私にはわかる。彼女に変身すれば、その中に眠っている本当の姿を探り当てることができる。あなたは違う。セラはあなたの知らない姿になっているかもしれない。あなたは本当にセラを探すことができるの?」

「できるかできないかじゃない。捜すんだ」サーシャは首を振った。

「脳みそは感じられないけど、いい答えね。気に入ったわ」


「おまえは狩人狩りのことを知っているのか?」サーシャは訊いた。

 エイミーは半身になって肩でガラスに寄りかかった。

「そうね。鳥たちが時々そんな話をしていたわ。変な人間がいるって。名前は確か……アウロラ」

「どこにいるかはわからない?」

「最後に聞いたのが2週間前だもの。今から聞こうたって、そんなふうに望んで聞けるものではないわ。渡り鳥たちの心のまま、風の便り。私は聞けるものを聞いてきただけ」

「方角さえわかれば自分から尋ねて歩くことはできる」

「あなたが何を頼みたいのかわかったわ。私に案内役をやれというのね」

「そう。話が早い」

「でもソフィアはいいの? 大事な私がいなくなるなんて」

「どうせ今までだって出入りしていたんでしょう。何も変わらない」サーシャが代わりに答えた。

 ソフィアは黙っていた。難しい判断を迫られているようだ。それか、個人的には構わないが龍研の学者としては容認できないから無言で答えているのかもしれない。

 いずれにしても断固反対しているわけではなかった。

 それならいいだろう、とエイミーは受け取ったらしい。

「サーシャ、あなたが私を守って。必ず。何年もこの街で生きてきた私にはもう野生の勘などというものは残っていない。それだけが条件。バラしてしまった以上、通気口が塞がれてしまうのも時間の問題でしょう」

 サーシャが頷くと、エイミーは小さな甲虫に変身してガラスの縁の外に消え、天井の通風口からごそごそと出てきた。

 エイミーはそこでまた姿を変え、鮮やかな青い羽をしたヒタキになってサーシャの肩にちょこんと乗り、まるで「行きましょう」と声をかけるかのように「ヒーョ!」と高い声で鳴いた。

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