最強の重圧
レイが気絶したのを確かめると城の下からぞろぞろと兵隊たちが現れ、谷を越えてレイの周りに集まってきた。彼らはテコの要領でレイの下に丸太を何本も差し込み、板を敷き込んで縄で縛り、あっという間に運搬の準備を整えた。まるでよく訓練されたアリの集団のようだった。
彼らは斜面で荷物が滑り落ちないように下側に丸太を突き立てて支えながら谷を越え、城の地下にレイを運び込んだ。
山を一つまるごと抱え込んだような大きな城の下には、これまた広大な基礎が築かれ、その地下には巨木よりも太い石の柱が林立する空間が広がっていた。
レイはその一角に放り込まれた。いくら大柄なレイでも石の柱と比べればか細く見えるくらいだった。
セラとサーシャはクエストの見返りの一部として城主のもてなしを受け、温泉に浸かり、テーブルいっぱいのご馳走を食べた。
城主はいかにも権威欲に満ちた角ばった顔のヒゲの長い男で、夜になってしまったから一晩泊まっていったらいいということで気前よくひと部屋貸し与えてくれた。
それも赤いカーペットの敷かれた広い部屋で、上に登るのも苦労するくらい大きくてふかふかしたベッドが真ん中に置いてあった。その上に2人で乗ると、じっとしていてももう1人が動いた時に体が跳ね上がって宙に浮いてしまうくらいだった。
セラはベッドの上で跳ね回り、サーシャは寝そべったまま自分の体が勝手にずれていくのを楽しんでいるようだった。
夜になってから2人は階段を降りてレイを見に行った。
地下室の入り口は2人の門番が守っていた。
「この先は入れない」
「いや、私たちは狩人だよ。龍の体調を調べに来たんだ。せっかく捕まえても死んじゃったら元も子もないからね」
サーシャがそう言って狩人証を見せると、門番は大盾を引いて扉の前を空けた。
「私たちが出るまで誰も入っちゃいけない。ノックもいけない。私たちはとても慎重に仕事をするんだ。龍が驚いて暴れたら城が崩れるかもしれない。そうなれば君たちも下敷きだからね」
2人が地下室の中に入ったあと、サーシャは扉に魔法をかけて固く閉ざした。
鎖につながれたレイは奥で首を動かしていた。そうやって鎖がちぎれないか試しているみたいだ。でも太い柱に巻きつけられた鎖はそれ自体大型船の錨鎖のようなもので、まったくびくともしなかった。
セラはレイの目の前に立った。
レイは口輪で縛られていて、ブレスを撃ったり噛みついたりすることはできなかった。
レイは目を見開いて開かない口の端から涎を垂らしていた。
「ねえ、あなたはどんなふうに生きてきたの?」セラはレイに訊いた。
返事はなかった。
セラはレイの周りをひと回りした。昼間の戦いの時に見たレイの姿を思い返してイメージした。
自分の肉体が表皮だけの殻になって、その内側に蛹のようにレイの体が形作られていくのを感じた。
セラは服を脱いだ。
レイは恐れるようにセラの変身を見ていた。
レイの姿をコピーしたセラはレイから離れた。
「気が猛るような感じは?」サーシャが訊いた。
セラは声が出なかった。首を横に振った。
「意識も明晰なようだね。きっとこういう落ち着いた環境だからレイでもじっとしていられるんだろう」
セラは頷いた。そして深く自分の内側に意識を向けた。
雪山の景色が見えた。
吹雪が止み、まだ変身を知らないイストリア・メタモーフの雛たちを追いかけ回して1匹ずつ咥え、飲み込む。口の中には噛み砕かれる肉や骨の感触がしっかりと残っていた。
それだけじゃない。レイは人里も襲っていた。強靭なレイだった。身体能力は熟し、かといって衰えもなかった。ちょうど10歳程度、レイの最盛期だろう。縄張りを巡って争うオスたちはみな彼よりも小柄か、あるいは痩せていて、首の模様もさほど鮮やかではなかった。
気づくと視界が少し赤く染まっていた。興奮していた。
そうだ、私はこの興奮に打ち勝たなきゃいけないんだ。セラはうずまりそうな心の中からその気持ちを取り出した。
目の前にいるサーシャの顔を見ながらセラは意識的に深く呼吸した。肉体が自分の意識から離れてバラバラになっていくような感触だった。
ひどい気分だった。
でもセラは堪えた。
長らくうずくまっていたが、体を起こしてちょっとひと回りした。
悪寒は残っていたが気分は良くなっていた。
セラはレイの前に戻った。レイは精いっぱい威嚇しようとしたが、鎖に阻まれて上手く動けないようだった。
セラはその姿に強い敵意と怯えを捉えた。
なぜそんなに怯えているの? 仲良くしようよ。
セラはそう思った。でも自分の中にもまた
そうだ。同じ種類だからってわかりあえるわけじゃないんだ。
セラは目の前のレイとほとんど気持ちが通じないのを寂しく思いながら後ずさってレイから離れた。
「大丈夫そうだね」
サーシャがそう言ったのでセラは人の姿に戻った。
するとそこはかとない気持ち悪さに襲われた。
メタモーフや人間が食い殺される光景の残酷さを今になって初めて感じたのだ。
レイの感性がそれをブロックしていたのだ。
サーシャがセラの背中をさすっていた。
「私、変身能力ってただただ便利なものだと思っていました。でも、違ったんです。これはそんな浅はかなものじゃない。なぜメタモーフがこんな能力を持つようになったのか、私はその意味を探さなければいけないのかもしれない」
「ああ」サーシャはそう言ってセラの頭にぽんと手を乗せた。
それが引き金になったのか、セラは夜のご馳走を洗いざらい吐き出してしまった。
久しぶりの嘔吐だった。
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