アルカディア・レイ種(真)
「ああ、よかった、話を通すのに時間がかかったけど、レースが結構高く売れたの」
サーシャはそう言いながらセラが待つ部屋に入ったが、異変に気づいてすぐに口をつぐんだ。
ベッドの上に座って俯いているのはサーシャ自身だった。黒髪、引き締まった体……。
「セラ?」
「おかえりなさい……」セラはそう言って少しだけ顔を上げた。涙と鼻水が垂れ流しだった。
「どうしたのさ?」サーシャはその場に荷物を置いてセラの隣に座った。「なんでまた私の姿に?」
「私の父親はアルカディア・レイに変身していたんでしょ?」
「そうだよ……?」
「サーシャになってその時のことを思い出せば父親の姿を見ることができるかもしれないと思ったの」
「ああ、そういうことなの……」
「メタモーフの変身能力が記憶まで再現してしまうって、サーシャは知っていたの?」
「知っていたわけじゃない。でもそうなんじゃないかって。ソフィアとは散々話し合ったからね」
「でも、本当に思い出せるなんて……」
サーシャも雪山でのレイとの戦いを思い出した。
あれは死闘だった。
本物のレイでもあそこまで苦戦しなかった。
「セラのお父さんは強かったよ。私は本当のレイだと思っていたし、殺されかけた」
サーシャはセラの肩を引き寄せ、肩に頭を預けさせた。
セラの姿は少しずつセラそのものの人の姿に戻っていった。長い髪が根本から銀色に変わっていった。
「でもそうなると、私が他にもたくさん残酷なことをしてきたって、セラには隠せないんだね」
「サーシャ」
「何?」
「私はメタモーフの力もきちんと使いこなせるようになりたい。だから本物のレイと戦って、その力を知らなきゃいけない」
セラはサーシャから離れて向き直った。ワンピースの肩についた鼻水が糸を引いた。
「それがセラなりのお父さんへの弔いなのね」
サーシャはハンカチで鼻水をとり、セラの鼻に当てた。セラは思い切り鼻をかんだ。
「はい」
神聖暦1621年3月。
ギルドには1件だけアルカディア・レイ絡みのクエストが上がっていた。ただ討伐ではなく捕獲だった。セラの経験では受注が難しいレベルだったが、サーシャがついているなら、ということでOKが出た。
目的地は東の森林地帯だった。
レイは春先に繁殖期を迎え、雪を避けて比較的低い山や丘のピークや稜線に営巣する。巣作りはオスの役目で、メスを呼び込んでつがいで子育てをする。オスはメスや縄張りの境界を巡って争う。個体数は少ないが、山脈に1頭と言われるほど縄張りが広大なので結局ぶつかってしまうようだ。
依頼としてはとある領主からのもので、居城の向かいにレイが巣を作り始めてしまったので、せっかくだからペットにして周辺諸侯への威示に使ってやろうということらしい。
「ま、おとなしく従ってあげよう。レイならそのうちその領主様とやらの城を破壊してでも勝手に逃げるだろうからね」
サーシャはザマミロ精神だった。
「でも、捕獲ってどうするんですか?」
「インフェルノの時と同じ。麻酔で眠らせるの。でもレイはインフェルノとは全然違うし、繁殖期で気も立っている。打ってもなかなか効かないだろうし、攻撃も速いから気をつけて、最初は避けるのに専念して戦わなきゃいけない」
2人は谷に入ったところで防具に着替えた。右上に城、左上にレイの巣が見えた。レイの巣は石積みで、ちょっとした砦のように見えた。
しばらく斜面を登ると樹林帯を抜け、まだ芽吹いたばかりの草しか生えていない稜線に出た。
レイがこちらを見つけ、何度か翼を羽ばたかせてから走り寄ってきた。この距離で威嚇し、しかも向こうからかかってくる龍はかなり珍しい。やはりレイは気性が荒い。
立派なオスだ。喉の虹色の模様も婚姻色らしくひときわ鮮やかに輝いている。
レイは頭を低くして小刻みにブレスを放った。
白い光の弾がそこらじゅうに跳ね、土くれや岩のかけらが飛び散った。
「いきなり!?」セラが叫んだ。
「あいつもわかってるのよ。こういう格好をしているのが狩人だって」
セラはブレスを避けながら走り込んだ。
レイも駆け寄って体を起こし、前足の鉤爪を立てて振り下ろした。
セラは右にローリングして叩きつけを躱し、すぐに起き上がってジャンプ。
2撃目のフックを躱しつつレイの指の付け根に上からレイピアを突き刺した。
痛みでレイの動きが止まった隙に懐に入って肘を切りつけ、脇に抜けた。
なかなかやる。
近距離で危ないのは前足だとよくわかっている動きだ。
だがレイも一本調子ではない。少し前方に駆け出しながらしっぽを振った。
セラは足を警戒した。そのせいでしっぽの振り出しに気づいたのは直前だった。
危うくレイピアを構えたが吹き飛ばされた。
レイは勢いをつけて飛び上がり、小回りに旋回しながらブレスを撃った。
サーシャは杖を構えていくらか魔法を撃ち、レイを牽制した。
レイはターゲットを変えてサーシャにブレスを撃ち込んだ。
サーシャは杖で光線を弾き、逆にレーザーブレイズを撃った。
火線はレイの翼膜を貫き、そのまま翼の動きに合わせて膜を切り裂いた。
レイはバランスを崩して山の斜面に滑り込み、足を踏ん張った。
すかさずそこへセラが飛び込んでレイピアで切り込み、噛みつかれそうになるのを体をよじって躱し、レイの肩口にレイピアを深く突き刺した。
痛みに暴れるレイの首になんとか組みついて離れず、ポーチから取り出した麻酔を打ち込んだ。
針はまっすぐ刺さり、中身も全部入った。
だがレイはまだ暴れていた。
ここでやられるのは完全な損だが、後で運びにくい場所に倒れられても困る。
セラはレイピアを抜いて受け身に構え、レイの周りを動き回って防戦を続けた。
10分もするとレイは稜線の上にバタンと倒れた。
気道や心臓に負荷のかからないいい姿勢だった。
セラはレイが完全に気絶したことを確かめ、その鼻先にしばらく手を当てていた。
きっとできることならその場で変身したいと思っているのだろう。でもそれはできない。城から丸見えだからだ。
気が済むとセラはサーシャの方へ歩いてきた。全身アザだらけ切り傷まみれだった。
「いい戦いっぷりだったよ。危なげもなかった」サーシャはそう言いながらいくつか治癒術をかけて血を止めてやった。
「でもレイが飛び上がった時、私にはどうしようもなかった」
「近接武器を使ってるんだから、それは仕方ないよ。遠距離だけでも、近距離だけでも龍は狩れない。だからパーティーを組む」
「サーシャは違う」
「上には上がいる。それだけのことだよ」サーシャは首を振ってセラの長い髪を撫でた。
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