龍を狩る龍

調査クエスト

「他の狩人たちは鎧を着たままなんですね」

 ギルドに入ったところでセラは言った。サーシャもセラも平服のままだった。

「なぜ私は着てないのか、と思うの?」

「それは魔法使いがバレると厄介だからでしょ。でもこの方が軽くて動きやすそうだし、こんな街中で戦いになるとも……」

「見せびらかしてるの。狩人というのはステータスだし、鎧を着ていれば自分の実力を示せるでしょう。レイやミラーの鎧を着ていれば、おお、これはもうかなりの手練だ、ということになる。逆に高級な鎧を着てヘマをやれば悪名は瞬く間に広がる。あいつはレイなんか狩ってない、金を積んで買っただけだろうって」

 テーブルで歓談している狩人の何人かがサーシャの顔を見上げたが、特に挨拶もなく目を逸らして仲間内の話に戻った。


「最初の仕事はセラが選びなよ」

 サーシャは掲示板の前で言った。闘技場の一件のあと、ギルドはセラに狩人証を与えた。公認クエストが受注できる身分になったわけだ。

「依頼って殺害が全てじゃないですよね?」

「そうね。調査や捕獲もある。もしかしていきなり殺すことに疲れたの?」

「……かも」

「でもわりあい殺害より捕獲の方が冒涜的かもしれないね。この間のインフェルノのように。闘技場で飼う龍の捕獲依頼だってある」

「調査は?」

「簡単そうに思える? でも知識がないと成果が挙げられないから、ある程度実績がないとクライアント側から断られることもある。かと言って報酬が多いわけでもないし、遠出のついでくらいに受けることが多いの」

「そう……」

「でもいいよ。行きたいなら私が受けてあげる。セラの初仕事は次に回そう」

 セラは調査依頼のビラに目を通した。

「イストリア・メタモーフの生態環境調査。これなら私も役に立てるかもしれない。イストリア・メタモーフって私の種類ですよね?」

「うん。意外と報酬も悪くない」サーシャはそう言ってビラを剥がしたが、右下に捺された龍研のスタンプが気になって仕方がなかった。

 カウンターに持っていくと受付さんは一度裏に入って詳細を確かめてきた。

「このクエストはクライアントが同行を求めています」

「クライアントって?」

「ソフィア女史です」

 ソフィアは自分目当ての狩人が下心ありありで受注するのを避けるためにその情報をビラに載せなかったのだろう。でもサーシャはソフィアと聞いても全く嬉しくなかった。

「腐れ縁だね」サーシャは言った。

「ですね」セラも答えた。


 ソフィアは長い金髪をざっくりした三つ編みにまとめ、アルハンゲル・ミラーの鏡鱗で組んだ銀と白の細い鎧を着込んでいた。良く言えば高貴、悪く言えば装飾的な鎧だった。

一行は走鳥の荷車で南の雪山に向かった。

「ソフィアも武器を使うんですか?」セラは訊いた。尻の下に敷いたクッションが車輪の揺れを吸収していた。

「私はこれ、ハルバード」ソフィアは後ろに置いた長柄武器に手を触れた。

「打撃ですか?」

「龍研は捕獲がメインだから。でもほとんど使うことはないわ」

「狩人なら一番嫌われるタイプ」サーシャが言った。

「あら、狩人でなければ武器を持ってはいけないという決まりでもあるのかしら?」

「別に」

「ところで今回の依頼を選んだのはセラだって聞いたけど」

「私はイストリア・メタモーフなんですよね?」とセラ。

「そうね」

「種としての普通の生き方がどういうものなのか知りたくなったんです」

「龍の世界に帰りたくなったの?」

「違います。ただ、私も龍なんだってこの間のテストでそう思って。それまでは正直、サーシャに育てられて、自分も人間なんだって漠然と思ってましたけど」

「ねぇ、人の姿になって思考が明晰になったと感じた?」

「それはよくわかりません」セラは少し困ったようだ。ソフィアの質問の意図が読めなかったのだろう。

「まあ、それについては今度ゆっくり話しましょう」


 荷車は山の麓の森で止まった。ソフィアがそのエリアを選んだのにはわけがあった。

「セラの生まれたエリアからして、母集団となる群れがいるとしたらこのあたりじゃないかと思っていたのよ。でもなかなか暇がなくて」

「メタモーフはかまくらを作って卵を生むんでしょう? かまくらが作れるほど雪は積もってないですよ」セラが訊いた。

「繁殖するグループは群れを離れるから、別にこのあたりで卵を生むわけじゃないわ」

「ここにいるとしたら若龍の群れってこと?」

「そう。あなたは雪山生まれだけど、メタモーフがみんな山で生きてるわけではないのよ。高原や森林に分布している個体群の方が多いの。雛が大きくなればオスも山を降りてくるし、今は雪が積もっているけど、春になればたくさんの草花が芽吹き、虫が現れる。それくらい賑やかな方が擬態のしがいがあるでしょ」

 森には鳥の声がこだましていた。キツツキが木を叩き、カラ類が枝々を渡り、キジは根や岩を踏んで走り回っていた。

「メタモーフの非繁殖個体はこの時期木の根本にねぐらを作るの。木の外皮を擬態するのね。妙に太い根がないか探してごらん」

「野生のメタモーフは植物や無生物にも変身するんですね!」

 セラは木の幹の周りだけ雪の溶けた窪みに入り込んで白い羽毛を拾い上げた。

「あら、もう見つけたの? そう、体を離れた羽毛は変化しないからいい手掛かりになるわ。思いのほかたくさんいるかもしれないわね」

「水場を探そう」サーシャは言った。

 少し傾斜がきつくなったが、地熱で雪が溶けているエリアを見つけた。水が集まって小さな川ができていた。

 近くの窪みを覗き込むと鳥の骨の混じったペリット(吐き戻し)やフンが積もっていた。

 あきらかな生活感だ。だがメタモーフの姿は見えない。気配すらなかった。



 ふと鳥たちが鳴き止んだ。

 1羽のキジが目の前を走り抜けていった。それを追うように数頭のメタモーフが素の姿で走っていった。

「ほら、ああやって気づかずに近寄ってきた鳥を待ち伏せして捕らえるのよ」ソフィアは言った。「少し失敗したみたいだけど……」

「メタモーフは群れで獲物を追うの?」サーシャは不可解だった。

 そしてそのメタモーフの一群が通り過ぎるのに合わせて、辺りにあった石や雪の塊、木の根や幹の肌、あるいは木そのものが次々と変化してメタモーフの姿になり、先頭集団を追って走り出した。

 100頭は下らない。白い大波のようになって去っていった。

「なんてこと! こんなに大きな群れがあったなんて……」ソフィアは興奮していた。

 空を飛ぶ鳥たちがメタモーフの大波に続いて枝々の間をすり抜けていった。


 そして最後に現れたのはアルカディア・レイだった。

 レイはメタモーフの群れを追って樹上すれすれを飛んでいった。

 レイの光線が地面を走り、加熱した雪が爆発した。

「追おう」サーシャは走り出した。

「どっちの味方をするの?」セラは訊いた。

「手は出さない。あくまで調査だから」

「メタモーフの強さは何だと思う?」案外身軽に走りながらソフィアが訊いた。

「変身?」とセラ。

「もう一歩踏み込んだ答えが欲しいのよね」

 レイが地上に降りると何頭かオスのメタモーフが引き返してきてレイを取り囲み、一斉にアルカディア・レイに変身した。

 レイ同士が互いに威嚇の咆哮を交わし、そして光線を撃ち合った。

 本物のレイは光線を横薙ぎに撃ったが、四方から一点集中で撃ち込まれる光線の威力の比ではなかった。

 本物のレイは全身の鱗を半ば溶かしながら慌てて飛び立った。

 残った偽物たちはそそくさと本来の姿に戻り、すぐどこかへ隠れてしまった。あとには蒸発した地面と、光線に根本から切断されて倒れた木々だけが残った。

「メタモーフの強さは群れなのよ。相手と同等以下の強さでも常に数的有利を作ることができる。だからレイのような食物連鎖の上位にある単独で暮らす龍の縄張りに入って生活しているの。そうすれば数が多いだけの競合種は寄りつかないし、レイのような縄張りの王様が自分を狙ってきた時はああやって囲んで叩けばいいのよ。強い龍の近くにはメタモーフがいる。わかったかしら、サーシャ」

「2年前から知ってる」

「でも、レイにはなにかメリットがあるの? あれだけいじめられたら縄張りを移しちゃいそうだけど」

「そう、そこがよくわからないのよ。外敵が来たときにああやって騒ぎ立てて教えてくれる、というのは考えたけれど、少し決定的じゃないわね。ただ単に住み心地が良くて、手を出さなければ邪魔にもならないから、なのかもしれないけれど」

「ソフィアにもわからないことがあるんですね」

「むしろわからないことの方が多いわ。だから私は龍研にいるのよ」


 そうして数日メタモーフの群れの観察をしたあとソフィアはセラを龍研に招いた。

 

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