ギルド加入テスト
サーシャはパイクを手の中でくるくると回した。回転に合わせて先端が猫じゃらしのように撓った。
「龍の攻撃は基本的には大振りで、わかりやすい。でもその分末端スピードはかなりのものになる。避け始めを早くしないと間に合わない」
サーシャはパイクを横振りした。
セラは膝をついてレイピアでパイクの柄を弾き、足のバネを使ってサーシャの懐に飛び込んだ。両手を出して抱きつくような感じ。サーシャも片手で抱き止めた。
「いいね。でも龍の一撃は重い。今のやり方だとそのまま持っていかれてる。もう一回やってみよう」
セラが元の位置に戻るとサーシャはまたパイクを振った。今度はやや柄を捻り、撓りの反動を下方向の力に変えた。
セラは同じようにレイピアを構えたが、今度はパイクが弾けなかった。
セラはレイピアを構えたまま雪の上に転がった。
「もう一回!」セラは言った。
サーシャは頭の上でパイクを振り戻して、もう一周同じコースで振った。
するとセラはパイクが当たるよりも早く距離を詰めてサーシャの手のリーチまで飛び込んだ。
「いいね。回転の内側はさほど威力がかからない。肘や脇も狙える。これだけ素早さがあれば大抵の龍は驚くよ」
ギルド加入テストでは何より戦闘能力を試される。実際に龍と戦って実力を示さなければならない。
その会場となるのが首都郊外にある闘技場だった。
直径200メートルほどのフィールドの周りに客席が立ち上がり、建物の片側は分厚い石壁で囲われた龍の牧場に直結していた。
そのエンドから龍が、もう一方のエンドから狩人が入場してくるわけだ。
セラは狩人エンドで運営さんに説明を受けていた。
「戦闘相手はカンブリア・インフェルノ種のオス。この痺れ薬を打ち込めばクリアです。殺す必要はありません。ただししっかり首の血管を狙わないと効かないので事前に動きを鈍らせることをおすすめします。注射器は2つ渡しますが、両方失敗した場合、その時点でテストは終了となります」
「失敗してもまた受けられるんですか?」
「はい。半年間の合宿養成コースに入るか、諦めるか、選べますよ」
「コースに入らずに再試はできないですか?」
「ええ。龍にも限りがありますから」
セラは防具を身に着けていた。レイピアに合わせてインフェルノの素材で作った赤い鎧だ。プレートは胴や脛など急所だけの軽量なものだった。サーシャが持っていた素材を杖職人のところに持っていって作ってもらったのだ。
セラはトンネルを抜けてフィールドに入り、客席で見ているサーシャに手を振った。
客入りは3,4割だろうけど、それでも相当な人数に見えた。セラは自分の戦いが娯楽にされているのを察した。
あまり気分のいいものじゃない。
地面が揺れた。
向かいの柵が上がり、インフェルノが鎖につないで引き出されてきた。
セラはその姿を見て否応なく気が動転するのを感じた。
インフェルノは傷だらけだった。飛んで逃げないようにするためだろう、翼膜を支える長い小指と薬指は根本から切り落とされ、翼膜そのものもほとんど残っていなかった。
それだけではない。
首筋には数えきれないほどの極太の注射器を刺された痕跡がボコボコした腫瘍とケロイドになって浮かび上がっていた。左目は切り傷に潰され、手足の指は何本か欠損し、全身に鱗が剥がれて白い皮膚の露出したところが何ヶ所もあった。
興奮剤を打たれているのだろう。疲れ切った顔をしているのに鱗だけは真っ赤に染まっていた。
セラは手が震えた。視界が滲んだ。
そのさまを見て観客たちは
違う。恐くて震えてるんじゃない。
セラは涙を拭い、レイピアを真っ直ぐに構えて突っ込んだ。
インフェルノは鎖を外され、火炎放射を浴びせかけた。
セラがジャンプで炎を超えると、インフェルノはブレスを切って右前足のフックを繰り出した。
速く、重いフックだった。
インフェルノは弱り切っていた。だが長い年月をかけて無数の狩人たちの相手をしてきたのだろう。経験に鍛え上げられた肉体はそれを補って余りある力を発揮していた。
セラは攻撃を受け止めるしかなかった。
そして右手に吹っ飛ばされた。
だが転がりながら地面を蹴って2撃目の叩きつけを躱し、尻尾の方へ回った。
見かけが痛々しいからといって手加減して勝てる相手じゃない。
インフェルノ、いや、サイリージア・スクーパーに変身すればパワーで押し勝てるだろう。
だが今変身するわけにはいかない。
ドラゴンの姿を人目に晒すことはできないし、これは「狩人セラ」としての勝負なのだ。
セラは何度か攻撃を食らいながらも走り続け、壁際に立って突進を誘発した。
インフェルノもハエのように動き回るセラに気が立っていたのだろう。全速力でまともに壁に突っ込んだ。
セラは大きく避けずにその場で隙間を見つけて飛び込んだ。
フィールドの壁は破れ、その奥に立ち上がっていた客席の一角も崩落した。観客十数人はそれに巻き込まれた。
セラは瓦礫の中で目を開け、インフェルノがめまいを起こしながらもまだ暴れようとしているのに気づいた。
懐に駆け込んで痺れ薬を打ち込んだ。
まだ新しい周りの傷から膿んだ血が噴き出し、インフェルノは痛みに
だがその呻きも間もなく消えた。
インフェルノはばたりと頭を落とした。
虚ろに瞳孔の開いた目がセラを見ていた。
セラはふと自分の正体を見透かされたような気持ちに陥った。
まさかこの龍は気づいているのか?
だがインフェルノはセラのレイピアに目を移していた。
インフェルノの尾の棘で作った赤いレイピア。
セラはそれを目の前に掲げた。
桜色の刀身は心なしか深く赤く発光しているように見えた。
セラはレイピアをまっすぐ構え、インフェルノの心臓を狙った。
体重とスピードを乗せて突き刺す。
レイピアは鍔のすぐ上までインフェルノの胸に突き刺さった。
セラはそのままインフェルノの体を持ち上げるようなつもりでレイピアを振った。
引き裂かれた傷から鮮血が滝のように噴き出し、やがて収まった。
インフェルノは死んでいた。
あまりにあっけない死だった。
それほどあっけない命をこの闘技場は長いこと
セラはレイピアの血を払って納刀。サーシャが客席の切れ目から降りてくるのを見つけて泣きついた。
運営側の人間も集まってきて「死んでる……」とか「怪我人は!?」とか騒いでいた。
その中の1人が「殺す必要はないって言ったでしょ!」とセラを問い詰めた。
「殺すな、と言われたの?」サーシャはセラに訊いた。
「殺す必要はないって」
「そうか。なら殺しちゃいけないってわけじゃない」サーシャはセラの頭を撫でながら言った。それから運営さんに目を向けた。「龍を殺すのは狩人の本懐。約束していなかったならそっちの責任でしょ?」
瓦礫を抜けてフィールドに戻ると、残った観客たちがセラに拍手を送った。
「何のために殺したの?」サーシャは訊いた。
「かわいそうだったの」
「傷つきながら生殺しで生きるより、殺される方がかわいそうじゃないと思ったんだ?」
「そう思ってるように感じられたから」
「うん。でもそれをこの人間たちにどう説明したらいいだろう。かわいそう、で納得するんだろうか?」
セラは答えられなかった。
「あの死骸はきっと他の龍のエサになる。同じように生殺しで飼われている龍たちのエサになる。それってかわいそうじゃないんだろうか」
「それでも魂は救われると思うの」
「魂、か……。久しぶりに聞いたよ」サーシャはセラの頭を撫でた。「いい戦いだった。強かったよ、セラ」
でもセラは褒められた気分にはなれなかった。
「ギルドって……」
「そう。正当だからまともだなんてことはないんだよ。後味の悪い依頼だってある。それはきちんと見極めて選ばなくちゃいけないからね」サーシャは言った。
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