サイリージア・スクーパー種
「って、いきなり行くの?」セラはびっくりした。
「見ているだけでいいよ。空気を味わうんだ」
サーシャはそのまま街の東へ歩いてちょっと薄暗い通りに入った。闇市だった。
「ちょっと嫌な雰囲気……」
「ギルドはギルドに加盟した狩人にしか仕事を与えない。でもここの掲示板ならクライアントから直接仕事を受けられる」
「どうしてそっちへ行くの?」
「セラがギルドに入ってないからだよ。先にギルドへ行けばよかったけど、レイピアを買っちゃったからね。私が持っているのは変だし、武器を持っていれば目をつけられる」
サーシャはどん詰まりの丁字路にある掲示板を眺めてクエストを選んだ。
「これにしよう。サイリージア・スクーパーの頬肉1頭分。この時期なら冬眠に入っているから楽に狩れるよ」
「少し古そうだけど……」
「いや、ここに貼っている限り依頼は生きている。上半分に名前を書いて切り離せばこの依頼は自分のもの。この住所へ行って報酬を受け取れなければテイラーの事務所に行って立て替えてもらう。建て替えた分はテイラーが責任をもって回収する。ほら、ここに書いてある」サーシャは掲示板の隅を指差した。
「テイラーって?」
「この闇市を仕切っている組織だよ」
「マフィアってこと?」
「まあ、そんなところ。おっかないけど筋は通す連中だよ。さあ、名前を書いてごらん」サーシャはセラにインク壺とペンを渡した。
セラは貼り紙にサインして折り目にインクで拇印を押し、下半分を切り取った。
「ねえ、なぜあのクエストは闇市の掲示板にあったの?」
「ギルドでは1部位のための狩猟は禁止してるんだよ。退治とか研究とか、殺すことに意味があるか、全身を消費できるか、そういう依頼でないと受け付けない」
サーシャは1時間ほど走ってトランスポーターを止めた。雪山の麓だった。
「スクーパーは谷合いの雪深いところに潜って冬眠するの。あそこを見てごらん。木が折られてるでしょ」
「うん」
10本近いスギの木の幹が無理やり引きちぎられ、根本に残った部分が酷くささくれていた。
「スクーパーは木を折って巣穴に持ち込む。時々起きてシガシガ
「ほんとだ」
「きっと近くにいるよ」
サーシャは防雪用のシューズカバーで踵から膝までを覆って雪の上に降り、杖の鞘を外した。
セラもレイピアを確かめて地面に降りた。
「鎧なくて大丈夫?」とセラ。
「こんな雪の上じゃ身動き取れないでしょ」
「そっか」
「スクーパーは巣穴の入り口を塞ぐために土を掘り返すから、雪が汚れているところを探してごらん」
セラはサーシャの前に出て尾根に登り始めた。
「あ、これは足跡だ」サーシャは立ち止まった。
「どこ?」
「ここ。ここだけ雪が硬くなっていて足が沈まない」
セラはサーシャが指したところで何度かジャンプした。「ほんとだ」
「もしかしたらまだ冬眠に入ってないのかもしれない。気をつけて」
「はーい」
もう10分ほど探したところでセラがスクーパーの巣穴を見つけた。
「よかった。冬眠に入ってるね。ここからは慎重に、少しずつ掘り返そう」
「どうやって仕留めるの?」
「喉の位置を確かめてレーザーブレイズ一撃で仕留める。それなら苦しまない」
汚れた雪を1メートルほど掘り返すと雪が土に変わり、スクーパーの体ぴったりの空間に出た。
サイリージア・スクーパーは成龍で体長20m。どちらかといえば大型だ。雪の下の空間はその巨体とスギの木がギリギリ入る大きさだが、といってもかなりの広さになる。
スクーパーは特徴であるスコップ型の顎を地面につけて丸くなり、ぐっすりと眠っているように見えた。
サーシャはそろそろと近づいて杖を向けた。
だがそこでスクーパーが目を開けた。
「逃げろセラ!」
入り口にいたセラはくるりと体の向きを変えて駆け出した。
サーシャもそれに続こうと走ったが、スクーパーが体を起こしたせいで天井の雪が崩れ降りかかってきた。
冬眠に入ったばかりでまだ眠りが浅かったのだ。眠りが深ければ体温もしっかり下がっていて、たとえ目を覚ましてもいきなりこれだけ機敏には動けない。
サーシャは深い雪の中に埋もれた。雪の重みが体を圧迫していた。
「バースト!!」
サーシャが叫ぶと、どうにか掴んでいた杖の先から爆圧が広がった。
積もっていた雪が吹き飛び、辺りにクレーターを生み出した。
サーシャが這い出すと、レイピアを抜いたセラがスクーパーに追い回されていた。走り回りながらコートを脱ごうとしていた。変身しようとしている?
「セラ、いいから逃げろ!」
サーシャは叫びながらスクーパーの気を引くためにラピッドブレイズを放った。
火線は雪やスクーパーの鱗に跳ねた。
スクーパーは動きを止めてサーシャの方を振り向き、狙いを変えて突進を始めた。
サーシャは杖を構えた。
しかしスクーパーもまたワイバーン。左右に開いた肩関節のせいで体を左右にくねる歩行は狙いがつけづらい。
クエストの目的は頬肉。顔を傷つけるわけにはいかない。
サーシャは足を狙ってレーザーブレイズを放った。
だがスクーパーは顎で雪を跳ね上げながらそのまま突っ込んできた。
面制圧できる攻撃に切り替えようと思った矢先、何かがスクーパーの横から飛びかかった。
それはもう1頭のスクーパーだった。
繁殖期の縄張り争いならともかく、冬にスクーパーが同族争いなどありえない。
セラだ。
サーシャはすぐに察した。
2頭のスクーパーは体色も体格も全く同じだった。セラがスクーパーに変身したのだ。
セラはスクーパーの喉に噛みつくと力任せに振り回し、投げ飛ばした。
スクーパーは吹っ飛んで林の木々をなぎ倒しながら転がった。
サーシャは杖を前に構えながらスクーパーに駆け寄った。
セラは人の姿になって雪の上に膝をついた。かなり体力を使った様子だが、とにかくサーシャが間違えて自分を撃たないように変身したのだ。
サーシャは昏倒しているスクーパーの喉元に杖を突きつけてレーザーブレイズを放った。
起き上がろうとしていたスクーパーはばたんと倒れて息絶えた。
尻尾や足に巻き上げられた雪が煙になって辺りを覆った。
騒ぎに驚いた森の鳥たちが騒がしく飛び立って上空を旋回していた。
「死んだ?」セラが近づいてきて訊いた。
「ああ、死んだよ」
セラはスクーパーの顔を確認した。そしてしゃがんで全身をさすった。
「さ、さっっむい! 人間、寒い!」
「いいよ、服を拾っておいで」
サーシャが言うとセラはメタモーフの姿に戻ってビューンと飛び立った。かなり方々に散らかしながら脱いでしまったようだ。あちこち飛び回って回収してきた。その間にサーシャはスクーパーの頭を正立に起こして、解体道具のポーチを開けて火薬ボルトと狩り包丁を並べた。
「まず片方私がやってみせるから、もう片方はセラがやってごらん」
セラが服をしっかりと着込んだところでサーシャは頬肉の採取を始めた。まず顎の鱗の根本に火薬ボルトを打ち込んで鱗を剥がしていく。
「スクーパーの頬肉って何に使うの?」
「食べるの。おいしいのよ。いわゆるスジで、そのまま焼いても固くておいしくないんだけど、煮込むと柔らかくなって旨みが出るの」
「顎の筋肉でしょ?」
「そう。スクーパーは顎の力がとても強いの。スギの大木を齧るくらいだからね。この顎で畑を掘り返してイモを荒らしたりするから、ギルドのクエストでも常連」
「こんなのに人間の姿で立ち向かえる気がしない……」
「慣れれば懐に入り込めるようになるよ」サーシャは狩り包丁で10キロほどの肉の塊を切り出した。「これでイッチョ上がり。セラもやってごらん」
セラはサーシャに指導されながらもう一方の頬肉を切り出した。
両顎だけをごっそり削ぎ落とされたスクーパーが残った。
「なんだか密猟みたい……」セラが言った。
「密猟だよ。ギルドが禁止しているんだから。こういうのが嫌ならギルドに入って正規の狩人にならなきゃ」
「私でもギルドに入れるの?」
「入れるよ。でもそのためには実力テストを突破しないといけない。きちんと人型で戦えるようにならないと」
「もしかして私にそう思わせるためにわざわざ闇クエストを?」
「考えすぎ」サーシャは肩をすくめた。
「でもサーシャなら本当にそうだったとしても言わないと思う」
サーシャはそれについてはもう答えなかった。
「それに、かわいそうに見えるかもしれないけど、そんなことはない。この龍の死にも意味はある。じきに他の生き物たちがこの肉を食べに来るよ。この時期だから、空腹で死にかけていたやつもなんとか生き延びることができる。生態系の糧になるんだ。2週間もすればすっかり鱗と骨だけになってるだろうね」
セラは感心して聞いていた。
「さあ、私たちも少しばかりロース肉をいただいて早く行こう。他の龍が寄ってくると厄介だから」サーシャは空気を切り替えた。
「お肉?」
「そう。普通に焼くならロースの方がずっとおいしいよ」
「うへへ」セラはじゅるっとよだれをすすった。
「たくさん食べて、稽古をしよう。鍛えてあげるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます