第5場(3)

 マリアは頬に、微かな冷気を感じた。一拍遅れてから、彼女はそれが気のせいでないことを知った。将軍の右の脾腹に氷柱が突き刺さっていたのだ。

 何が起きたのか、まず初めに悟ったのは、刺された本人のようだった。彼の視線が横へと向けられた。それを追うように、マリアとジョルジュは振り向いた。篝火が虚ろに照らす闇の中に、人影が一つ見えた。

「ノルマント!」ジョルジュが息を呑んだ。

「あってなるものか」ひたひたと、水気を含んだ足音と共にノルマントが近付いてくる。「敵は必ずや、討ち滅ぼさねばならぬのだ! ベレヌスのために!」

 苦痛に耐えかねたらしく、将軍が膝を着く。そこへ、ノルマントの詠唱により更なる氷柱が二本、三本と襲い掛かる。本職の魔道士が放つものよりも細いが、近距離から飛ばされると十分武器になり得た。

 口の端から血を垂らしながら、将軍が見上げてきた。

「彼奴の申すことは貴国の本心ですかな、王妃?」

 マリアは首を振った。その首すら、歯が引っ掛かったように上手く動かなかった。それで彼女の胸中を察したらしく、将軍は何も言わずに頷いた。

 閃光があった。轟音と共に、傍の地面が爆ぜた。ジョルジュに身を挺して庇われたマリアは、それがテウタテス側から放たれた雷撃だと悟った。蛇のような光は、相手方から次々に飛んできた。ぎこちなく歩いていたノルマントも、早々に光の中へ消えた。

「やめろ……」将軍は己の部下たちを振り返った。だが、動くのが精一杯で、とても大声を張り上げるような余裕はなさそうだった。

 火球が尾を引きながら頭上を通り過ぎた。川の向こう、ベレヌス側から来たものだ。闇の中へ着弾し、辺りを赤々と照らし出した。

 魔法の応酬はすぐに活発化し、やがて前後から鬨が上がり始めた。

「お気を確かに!」

 ジョルジュに肩を揺すられ、マリアは我に返った。ぼうっとしていた自分に初めて気が付いた。

「ここは一度退きましょう」

「しかし……」

 将軍に弁明しようとして、彼女はグイと身体を引かれた。目の前で甲高い音と共に火花が散った。ジョルジュが抜き身で、斬りかかってきたテウタテス兵の剣を受け止めたのだ。

「お逃げ下さい、マリア様!」

 言われたマリアは後退りながら、夫と、駆けつけた兵に連れて行かれる将軍の後ろ姿を交互に見た。ジョルジュは複数を相手に、今にも押し込まれそうになっている。だが、マリアに出来ることは何もない。

 振り向けば、ギギが泰然と座していた。彼の周りでも飛んできた魔法や砲弾が炸裂しているが、まるで意に介した様子はない。他の翼竜たちも、静観を決めたままだ。

 マリアは足を止め、ギギは見上げた。

 ギギの方でも、静かな眼差しで見下ろしてきた。

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