第4場
炎が爆ぜた地点を目指して飛ぶ。
近付くにつれ、夜の底から人間たちの気配が漂ってきた。夜目を通して見ると、暗い河の付近に大勢の人間が集まっていた。
「あそこだ」ギギは仲間たちに言った。「皆、二手に分かれてくれ。それぞれに戦いを止めさせるんだ」
「焼いちまった方が早いぜ?」ジョジョが言った。
「手を出しては駄目だ。殺すのが目的じゃない」
抗弁しようとするジョジョとの間に、ビビが割り込んできた。
「頭領の言うことが聞けないってのか?」彼女の声には険がある。「嫌なら一人でこの辺ウロついてな」
するとジョジョは舌打ちし、
「わかったよ。俺らは川の向こうに行く」
「ありがとう。任せた」
トトとペペ、それから数名を率いて、ジョジョは隊列を離れていった。
「あいつ、聞き分けが良くなったな」
「ビビは変わらないね」ギギは微笑みながら言った。
「どういう意味だよ、それ?」
睨んでくるビビから逃れるように、ギギは速度を上げた。
「あ、おい、待て!」
彼女の声をかわしながら、意識を鼻先の角に集中させ、マリーの気配を探す。
あった。
河のこちら側、丁度火球が打ち上がった辺りに、彼女の気配が感じられた。ギギは頭を下げ、降下の体勢に入った。仲間たちもそれに続く。
こちらを見上げる人間たちの顔が判別出来るほどの距離まで来た。全員が鎧を着込み、武器を手にしている。彼らは戦闘員で、ここが戦場であることは間違いがない。そしてマリーが、その只中にいるということも。
四角い箱が目に付いた。棒を組み合わせて作られたそれは、中まで見通すことが出来た。その中に、マリーの姿があった。
「マリー!」
「ギギ……」
呟く彼女の首元で、何かが白く光る。刃だ。彼女を押さえ付けるようにして立つ後ろの男が、武器を握っているのだ。
頭の芯が、痺れてくる。
あの時と同じだ。ビビが人間たちに捕らえられているのを目にした、あの時と。
胸が熱い。鱗の隙間から、炎がチラチラと覗いている。
喉まで炎が昇ってくる。口を開けば、マリーの周りにいる人間たちは一掃できるに違いない。
「駄目!」
マリーの声に、ギギは冷や水を浴びた気がした。
「撃ってはなりません。もう、同じ過ちは犯さないで!」
「あいつだ」隣にビビがやって来た。「あの女があたしを助けてくれたんだ」
驚きはなかった。むしろ、知っていたことに対する新たな根拠を見せられた気分である。
「どうする、頭領。助けるんだろ?」ビビが訊いた。
「彼女は戦を望んでいない。停めるんだ、僕たちで」
ギギは喉元まで出掛かった炎を呑み込み、マリーのいる箱へと近付いた。彼の接近は、人間たちを怯えさせ、追い散らすには十分な効果を発揮した。他の場所でも、ビビを初めとした仲間たちが威嚇し、人間の群れを内陸へ追い立てている。
「おお、素晴らしい!」マリーに刃を向けている男が言った。この男には、恐怖の色などは微塵もなく、むしろ歓喜に震えているきらいさえあった。「竜よ、よくぞ来てくれた!」
「黙れ」ギギは慟哭と共に言った。「武器を捨ててマリーから離れろ」
刃を手にした男は思案し、それから武器を持ち直した。
「言葉が通じるのなら話は早い。竜よ、今すぐ川向こうの軍勢を焼き払ってくれ」
「マリーから離れろ」
「そう望むのなら、まずはこちらの要求を呑んでもらいたい」
マリーの首に刃が食い込む。彼女の顔が僅かに苦痛に歪む。
「この者の言葉を聞いてはなりません」マリーが言った。「どうか、今すぐ立ち去って。人間同士の争いに、あなたたちが巻き込まれることはないのです」
「喉を掻き切られたいか、小娘!」
「やめろ!」
次の瞬間、マリーたちの身体が宙に浮き上がった。浮いたのは彼女たち自身ではなく、その身体を覆う鉄の箱だと間もなくわかった。ビビが後ろ脚で、箱の上部をしっかと掴んでいたのである。
ビビは箱を振るように飛び回った。ギギは彼女の意図を察した。程なくして、箱の中から二つの影が振り落とされた。その内の片方を目指して飛び、背中に乗せる。
「マリー、無事かい?」
「ええ、大丈夫」背中から返事があった。「ノルマントは……」
刃を持っていた男だろう。
「落ちていったよ。助けた方が良かったかい?」
答えはなかった。首を振るような気配だけが感じられた。
「これからどうすれば良い? 君の助けになるには」
「一度、ジョルジュの――夫の所へ戻らせて」
「わかった」
ギギは背中に気を付けながら身体を傾け、夜の底へ向けて高度を下げていった。
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