第4場(2)
谷を抜けると、徐々に雲行きが怪しくなってきた。雷鳴も近い。先ほど感じられた雨雲に入りつつあるようだ。
雨粒が顔に当たった。二つ、三つと続き、やがて数えるのを諦めざるを得なくなる。
今更、引き返すなどという選択肢はない。ギギは胸の火を濡らさないよう注意を払いながら、向かいからやって来る風雨を縫うようにして進んだ。
顔のすぐ傍を稲光が走った。
気を取られたその刹那、下方から吹き上げてきた風に煽られ、ギギは体勢を崩した。
胸元が晒され、鱗の隙間に雨が入る。沁みるような痛みが全身を貫き、力が抜ける。方々から押し寄せる風に翻弄されながら、濁流を流れる枯れ枝のようにギギは落下していく。
予想よりもずっと早く、地面に接した。
いや、地面じゃない、とぼんやりした意識の中で思う。墜落したのなら、もっと衝撃がある筈だ。まるで、何かに受け止められたかのように柔らかい。そして、どこか懐かしさを覚えるほど、仄かに温もりを帯びている。
「しっかりしろ、ギギ」
ビビの声が聞こえた気がする。幻聴にしてはしかし、随分とはっきりしていた。
「目を覚ませ。こんな所でへばってる場合か」
彼女の声は、下から聞こえた。ギギは顔を上げた。そこへ雨が叩きつけてくる。自分がまだ進み続けていることを彼は悟った。それが己の力によるものではないことも。
「ビビ……!」
「気が付いたんなら自分の翼で飛べ。いい加減、重い」
ギギは慌てて翼を広げ、風を捉えた。
「どうして君がここにいる」
「あんたが一人で谷を出て行くのが見えたから」ビビが言った。「それと、ここにいるのはあたしだけじゃない」
不意に、雨が止んだ。違う。上方に、三つの灯が見える。翼を広げた竜たちが並んでいるのだ。
「俺たちも行くぜ」翼を広げた一人はジョジョだった。「人間どもに見せてやろうぜ。俺たちの怖さをよ」
吹き付けていた風も小さくなった。前方を、大きな隊列を組んだ竜たちが飛んでいた。彼らが風よけとなり、空気の流れを整えていた。
「みんな……」ギギは呻くように言った。「よすんだ。今すぐ帰れ!」
雷が、すぐ傍で光った。
「駄目だよ、ギギ」ビビが言った。「頭領の行く所には付き従うのが谷の掟だ。一人で行かせるわけにはいかない」
「これはおれが勝手に決めたことだ。みんなを巻き込むわけにはいかない」
「お前は頭領だろうが!」ジョジョが言った。「頭領の生き死には皆の問題なんだ! 関係ないなんて言わせねえぞ」
ビビが頭を寄せてきた。
「あんたが皆を守りたいように、皆もあんたを守りたいんだ。その気持ちは、あんたにだって負けてないよ」
ギギは頭を振った。それから、改めて前方を見据えて言った。
「必ず、全員揃って谷へ帰る。一人も欠けることは許さない。これは命令だ」
すると、呼応して咆哮が聞こえた。一人が吼えると次々に、雷鳴をもねじ伏せんばかりの鳴き声が辺りに轟いた。ギギはこれらの音に包まれながら、胸の炎が勢いを増すのを感じていた。
やがて一行は雨雲を抜け、星々の輝く空へ出た。
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