第3場

 格子型の扉が閉められる。柵の一本一本が月明かりを受けて、白く存在感を放っている。

 馬車の荷台に設えられた檻。恐らく家畜などを運ぶためのものである。まさかここへ、自分が入って運ばれる日が来ようとは思わなかった。

「これほど厳重にしなくても、逃げ出すつもりはありませんよ」マリアは言った。

「失礼かとは存じますが、貴女の御身を守るためです。生身で化物の前に晒しては、国王陛下に向ける顔がありません」

 鎧を着込んだノルマントの弁に、マリアはそれ以上の言葉を呑んだ。

「マリア様……」ロゼッタが近寄ってこようとして、近衛兵たちに止められた。

 共に檻の中へ入ろうとする彼女を説得するのには時間と労力を要した。さすがに今回ばかりは巻き込むわけにはいかない。身の安全を保証出来ない。

「ありがとう、ロゼッタ。わたしは大丈夫」

 するとロゼッタは何かを言おうとしたが、唇を噛み、再び口を開き直した。

「お戻りになられたら、まず御髪を洗いましょう」

「ええ」マリアは微笑した。

 宰相に頷きかけると、出発と相成った。

 馬車は城門を潜り、街の大通りを進んでいく。空は厚い雲に覆われている。昼間にも関わらず、街は静まり返っていた。

 マリアは、騎馬で後ろをついてくるノルマントに訊ねた。

「街の人々は避難したのですか?」

「外出禁止令をしいております。そのようなお姿を、衆目に晒すことは憚られますので」

 試しに、通りに面した窓を見上げると、陰から見下ろしている女と眼が合った。向こうは慌てたようにカーテンを閉めた。

「気遣い、痛み入ります」

「王国のためですので」宰相は言った。「それはさておき殿下、道中はまだ長うございます。今のうちにお休みください」

「そうですね。竜とも話さねばなりませんし」マリアは幾分かの皮肉を込めた。

「その通りです」皮肉を咀嚼し、呑み込んだように宰相は言った。「それこそが貴女のお役目。何としても、夢の中で翼竜と接触し、呼び寄せていただかなくては」

「呼び寄せることなど出来ないとは、先にも話した通りです」

「承知しております。しかし、我々にはもう、他に頼る術はありません」

 ノルマントの眼差しが帯びる鈍い輝きに、マリアは息を呑んだ。闇よりも深い奈落を見たような気分であった。

「やるだけのことはやってみます。ただ、成功の望みは極めて低いと考えて下さい」

「御意に」

 マリアは格子に寄り掛かった。初めは鬱陶しく感じられた揺れも、次第に気にならなくなっていった。慣れると、一定の拍子を刻んでいるのがむしろ心地よいぐらいで、睡魔が音もなく近付いてきた。

 いつの間にか、彼女は眠りの世界に沈んでいた。

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