第5場
ギギが頭領となり、しばしの時間が過ぎた。谷全体を見渡しても各家で世代交代が行なわれ、ギギと共に年少時代を過ごした同年の者たちがそれぞれ家長の座に納まるようになっていた。
新月の次の朝に行なわれる会合も、かつては年上ばかりだったのが、今では同年配の者で占められている。しかも扱われる議題は、自分らには無縁のものとばかり思っていた生活に纏わる実務的なものばかり。時が着実に流れていることを、否応なしに実感させられる場でもある。
久しく長雨もないこともあってか、この日は穏やかな話題が多かった。その中にあって、一際異彩を放っていたのが地上で巻き起こったという戦争のことだった。
人間たちが二つの群れに分かれ、大きな戦を始めたのだという。
「同族同士で殺し合うなど、つくづく愚かな奴らだ」
「今なら奴らを滅ぼす好機では」
「戦が終われば、奴らはまたこちらへ刃を向けてくるかもしれない。いや、きっとそうなるに違いない」
様々な口から意見が出たが、どれも概ね同じ方向を向いていた。彼らが特別好戦的なわけではないことを、ギギは理解していた。彼らのもっと上の世代、ギギの父や、更にその先の父祖の代から連綿と、こうした考え方は引き継がれてきたのだ。
己が身を守るために戦う。道理である。ギギも今では異論はない。だが彼は、喧々囂々と交わされる意見に対し一言、次のように言い放った。
「地上のことには、一切関知しない」
誰もがピタリと動きを止めた。そして全員がほぼ同時に、ギギの方へ視線を注いだ。
「奴ら、攻めてくるかもしれないんだぜ?」一人が言った。ジョジョである。彼の背中には、幼い竜が腹ばいになって引っ付いていた。
「もし雲行きが怪しくなったら、その時に対策を考えても遅くはない。こんな山深い場所まで、人間はおいそれとは入ってこられないよ」ギギは言葉を撒くように全員を見渡した。「とにかく、積極的に下界と接触をとるのは避けるんだ」
会合がお開きとなり、ギギも洞穴を這い出した。
向かったのは、いつもの岩場。風に当たりながら、地上の様子を眺めたいと思ったのだ。
空には雲が少なく、靄なども出ていない。草原を、遠くまで見渡すことが出来る。にも関わらず、眼に生える緑がくすんでいるのは何故か。やがてギギは答えに辿り着く。くすんで見えるのは、人間の群れだ。粘り気の強い熔岩が進むように、徐々にだが草原の上を移動している。眼を走らせると、草原に横たわる河の向こうにも同じような群れがある。
群れの中から光の線が走る。雷鳴に似た音も響いてくる。爆発が起こり、群れの一部を吹き飛ばす。
先ほどから、風の音の底を縫うようにしてざわめきが聞こえていた。それが、人間たちが己を鼓舞する時に挙げる鬨であると気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。草原の群れと、河を渡ってきたもう一つの群れが混じり合っていく。
人間たちの戦を見るのはこれが初めてではない。だが、ギギの眼は釘付けとなった。大群同士のぶつかり合いに興奮を覚えた、というのとは違った。むしろ、双方の調和の取れた動きに見とれていた。眼下で繰り広げられる戦闘が、人間たちがやはり同一の生き物であると示しているように見えたのである。
戦いは日暮れまで続いた。
帰りしな、ギギは橙色の夕日に照らされた岩場で揺れる、一輪の花を見つけた。「マリー」と呟きそうになって、彼は慌てて言葉を呑んだ。
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