第3場
久しぶりの長雨だった。雷も鳴っていた。雨は三日にわたって降り続き、谷の隅々まで濡らし尽くした。雨雲が去った後も尚、ギギの耳には滴る雨音と雷鳴がこびり付いていた。
その耳に、急な報せが入ってきた。
父の洞穴に急ぐように、と遣いの者は言った。ゾゾによって遣わされた者だった。
水気の残る谷を飛び、ギギは父の洞穴へと向かった。中にはゾゾを初め、各家の家長たちが集まっていた。今日は新月の次の朝ではない。にも関わらずお歴々が勢揃いしているところを見ると、やはり事態がただ事でないことを実感させられる。
駆けつけたギギを認めるや、家長たちはギギのために道を開けた。ゾゾに導かれるまま、ギギは父が眠る岩の前に出た。
ところが、父の姿が見当たらない。岩の上に蹲っている筈だが、影も見えない。
いや、違う。
父はいるのだ、岩の上に。ただ、見分けが付かなくなっているのだ。父の身体は、岩と同化しつつあった。これまで、数多の竜たちがそうであったように、父もまた、死して大地の一部になろうとしていた。
泪は出ない。ついにこの時が来たか、という乾いた感想だけが胸に浮かんだ。
「ギギ、顔を見せてやりなさい」
ゾゾに言われ、ギギは父の顔を覗き込んだ。半分以上降りた瞼の隙間から、もう輝きのない虚ろな瞳が垣間見えた。
「息子よ……」ひどく緩慢な話し方だった。しかし、父が保ち続けてきた威厳は、贔屓目に見ても保たれているようだった。「強くなれ。そして仲間を守れ」
ギギは頷いた。その姿が父の眼に映ったかはわからない。僅かに動いていた鱗が止まった。それは即ち、父の呼吸が止まったということでもあった。頭領の死は、本人にも周囲の者たちにも、静かにそして速やかにやって来たのだった。
翌日には父の魂を送り出す儀式が執り行われた。その席で、普段は東の岩場に隠居している谷一番の古老の口よりギギが頭領の役目を継ぐことが発表された。反対する者は一人としてなかった。少し前までの「角折れの青二才」だった頃ならいざ知らず、現在の、禍々しいほどに頭角を生やした彼には誰もが認める頭領の風格が漂っていた。
いかなる感情も湧かなかった。ただ、状況を俯瞰で見ている己がいるだけだった。
強くなれ、と父が最期に残した言葉が蘇る。
強くなれ、とギギは口の中で呟いた。強くなれ。
強くなければ、仲間を守ることは出来ない。人間たちに襲われてしまうかもしれない。それは由々しき事態だ。
だが、強くなることが唯一の道なのだろうか? それはあの日――マリーと実際に顔を合わせたあの日から、ずっと考えてきた。仲間を守るには、もっと別の道があるのではないか、と。
答えには辿り着いた。正しいかどうかはわからないが、彼なりに、納得のいく答えだった。頭領になった暁には、実行に移そうと心に決めていた。
「おめでとう、ギギ」傍にやって来たビビが言った。「頑張れよ。あたしも手伝っていくからさ」
「ありがとう」ギギは、己の気持ちを胸の奥へ隠して答えた。「頼りにしてるよ。一緒に谷の平和を守り抜こう」
永遠の平和を、と彼は心の内側で密かに付け足した。
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