第4幕

第1場(1)

 あの日以来、ギギは眠るのをやめた。ほとんど寝床には戻らず、岩場で一人、空へ向けて炎を吐いた。

 煙一つ出てこなかったのが嘘みたいに、今では自在に炎を操ることが出来る。ただ、どれだけ吐いても、気持ちが満たされることはなかった。限界まで吐いた気になっても、炎は無尽蔵に腹の底から湧き出てきた。

 疲れはあった。決して、眠らなくても平気というわけではなかった。だが、疲労は眠気とは結びつかず、耐えようと思えば簡単に組み伏せることが出来た。

 迂闊に眠るわけにはいかない。もしまた、あの夢を見たら――。

 そんな恐れも、なかったと言えば嘘になる。

 身体の変調は目に見える部分にも現れた。角が伸び始めたのである。といって、鼻先の、ではない。頭の両側から生えているものだ。以前は両手の爪ほどしかなかったものが、いつの間にか顔の長さと変わらぬほどに伸びていた。谷の仲間でそこまで伸びている者はいない。ただ一人、頭領を除いては。

 たまに谷の者に会えば、「頭領に相応しい風格が付いてきた」という声がちらほら聞こえた。ギギとしてはそんなつもりはなかったが、身体が自然と適応しつつあるのではと考えられなくもない。自分はやはり、生まれながらにして頭領となる定めなのだと思い知らされた。

 では折れた鼻の角はどうかといえば、こちらは未だに生えてくる気配はなかった。折れた時のまま、ウンともスンとも反応を見せない。ビビを助けに行った(そして人間たちの住処を焼き尽くし、マリーと対面した)あの日以来、熱を帯びることもなかった。完全な沈黙である。

 水溜まりで己の顔と対面する度、小さな溜息が出た。不格好極まりない。頭の方の二本が己の眼で映っても立派なだけに、鼻先の方は余計に目立っている。かといって、バランスをとるために頭の角を折るわけにもいかない。

「ギギ」

 ビビが旋回しながら降りてきた。彼女は怪我もすっかり癒え、前と同じように飛べるまでに快復していた。ゾゾと共に、親子で何度も礼を述べに来たが、ギギとしては居心地が悪かった。彼女が捕まったのは、元はといえば雷鳴に身が竦んだ自分のせいである。それで助けに行くのは、当然の道理であるとギギは考えるのだった。

「頭領が呼んでるってよ。話があるんだって」

「わかった。すぐ行く」ギギは背中で答える。

 ビビが立ち去る気配はない。問うように振り返ると、ビビの心配そうな眼差しとぶつかった。

「ギギ、しっかり休んでるか? 顔色悪いみたいだけど」

「そうかな。普通だよ」

「寝てないんじゃないか?」

「そんなことないよ」嘘を吐く。特に罪悪感などはない。「ビビの方こそ、あまり無理をするもんじゃない。まだ治りたてなんだろう?」

「もう平気だよ。あれからどれだけ経ったと思ってんだ?」

 どれだけ。

 どれだけの時間が過ぎたのだろう?

 ギギには見当もつかない。だが翻ってみれば、少なくとも頭の角が伸びるぐらいの年月は過ぎているのも確かなのだ。少しだけ驚きはしたが、哀しみはない。むしろ感慨に似た気持ちさえ僅かながら湧いている。

 その気持ちは、もうこのままずっと、夢で彼女と会わずに済むのではという期待に繋がっていた。

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