第4場(2)
鼻に、何かが当たった。粒のようだ。間を置かず、二つ、三つと続く。次第に顔だけでなく、全身に当たるようになった。
雨――。
目を開くと果たして、雨粒がそこかしこで弾けていた。
青空の見えていた空は、今やすっかり暗い雲に覆われていた。雨を理由にビビの誘いを断っておきながら、居眠りしていて降り込められるとは。つくづく自分に嫌気がさした。
そのビビのことが頭を過ぎる。彼女はもう戻ったろうか。雨雲は他の雲より低いところを進んで、山の斜面を上ってくる。この分だと、谷より下に位置する大断崖はとうに雨の中にある筈だ。
遠くで声がした。ギギの名前を呼ぶ声だ。
ビビに似ていたが、違うようだ。男の低く太い声ではない。といって、女のそれとも違っていた。
子供――。
雨に打たれながら、小さな翼竜が飛んできた。霧のような嫌な予感が、ギギの胸中に立ちこめた。向かってくるのがビビの弟の一人であるとわかって、予感は確信に変わった。
「どうしよう、ギギ。姉ちゃんが――」
全身を濡らした小さな翼竜は、ギギの前に飛び込むように着地して言った。
「姉ちゃんが、人間たちにやられちゃう!」
「――!」
覚悟はしていたが、やはり動揺はした。全身の鱗が逆立つのは、恐怖からなのか、はたまた別の感情によるものなのか、彼自身にもわからなかった。
ビビの弟の話すところでは、雨が降り出してきて帰ろうとした矢先、人間の集団が現れたのだそうだ。人間たちはまず、小さな弟たちに狙いを絞って魔法を繰り出してきた。ビビはそれを護るために応戦し、弟たちを逃がそうと自分はその場に残ったのだという。人間たちの攻撃は激しく、逃げ出すことが出来たのはこの弟一人だけであった。
「ギギ……」
縋るような眼差しが見上げてくる。逃れるように、ギギは瞼を閉じる。だが、どこにも逃げ場はなかった。
「谷に行って大人たちに知らせるんだ。行けるね?」
ビビの弟は頷いた。
「ギギはどうするの?」
「僕は先に行く。この雨の中で人間の集団に向かうのは危ない」
「姉ちゃん、死んじゃうの?」
「そんなことにはさせない。さあ、早く谷へ」
小さな影は、既に霞となり始めた雨の向こうへ消えた。それを見送ったギギは、岩場の上から真っ白な下界を見下ろした。
息を吸って、深く吐く。
これ以上の時間を掛けるといよいよ足が根を張ってしまいそうだったので、決意も固めぬまま岩を踏み切った。叩き付ける雨の中を、ギギは空気を裂いて進んだ。
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