第4場(1)
喉を開く気持ちで、腹の底から熱気を吐き出す。
口を通じて出てきたのは、ポッという間抜けな音と、それに負けないぐらい間の抜けた煙の輪だけだった。火炎放射にはほど遠い。
マリーの答えを聞けぬまま、ギギは悶々とした日々を過ごしていた。彼女は何故答えを教えてくれなかったのか。何故焦らすようなことをするのか。考えれば考えるほどわからなくなった。
そして、考えは自ずと彼女が次あった時に口にするであろう〈答え〉にも及んだ。彼女は何と答えるのか。やはり怪物はイヤなんだろうか。回答を先延ばしにするぐらいだから、やはりイヤなのかも知れない――等々。更に、考えが行くところまで行くと、彼女は僕の正体に気付いているのではないかしらん、と思うようにさえなった。僕が竜だということを知っていて弄んでいるのではないだろうか。そう考えると、たしかに色々な辻褄が合うような気がした。
だとすると、次に会った時に聞く答えは一つである。竜のことを好きな人間などいない。つまり、次の夢で、自分はこっぴどく傷つけられるに違いない。
初めは、考えるだけで深い奈落へ落ちていくような哀しみに襲われた。だが、慣れたのか心が麻痺したのか、哀しみが薄くなると、今度は捨て鉢な気持ちが湧いてきた。どうせ怪物として嫌われるのであれば、しっかり怪物らしく振る舞わなければと思うようになった。そうした気持ちの表れが、この火炎放射の鍛錬なのだった。決して、父の跡目を継ぐための準備などという、真っ直ぐな動機からではなかった。
ギギは溜息をついて、水溜まりへ向かう。今日は朝から練習に励んだ。少しぐらい休憩をとっても罰は当たらないだろう。水を飲み、雲が流れゆく空を見上げる。いつも通りの、山の空である。
未だ生えてこない鼻先の角に、一匹の蝶が止まった。黄色い、花びらのような蝶だった。
羽ばたきが聞こえてきた。蝶は飛び立っていく。目を向けると、ビビが高度を下げてくるところだった。
「珍しいな。朝から練習なんて」
「まあね」
まさか、本当の理由を話すわけにはいかない。話したところで共感を得られるとも思えないが。
「これから弟たち連れて魚を獲りに行くんだけど、ギギも一緒に行かないか?」
「魚って、大断崖の滝の下?」
「ああ。大した量は取れないだろうけど、チビたちの腹の足しにはなると思ってさ」
相変わらず雨は多く、食糧の調達も滞っている。谷では誰もが空腹を抱えながらも反芻の術を使ってどうにか過ごしているが、技を体得する前の子供たちはただただ空腹に喘ぐしかない。反芻の仕方を教えようにも、満足な食事も出来ないというのが現状である。
ギギは首を振った。年少の者たちに何もしてやれない己の無力を感じながら。
「僕はいいよ。雨も降りそうだし」
「ん、そうか?」と、ビビは空を見上げ、鼻をクンクンと動かす。「まあ、この分なら大丈夫だろ。降り出す前には戻ってくるよ」
「人間にも気を付けて」
「わかってる。ギギも練習、ほどほどにな」
そう言うと、ビビは空中に舞い上がり、身を翻して行ってしまった。その後ろ姿を見送りながらギギは、彼女の逞しさに素直に敬服した。それから、己のことで手一杯になっている自分を鑑み、深く恥じた。
僕は弱い――。
溜息が出る。ギギは岩場に伏せる。
ビビもマリーも、誰かのために戦える強さを持っている。それに引き換え、僕は何という様なのだろう――。嘆いても仕方がないとはわかっていたが、嘆く他に出来ることがなかった。
ギギは目を閉じた。吹き渡る風の音が、鮮明さを増した。
いつか僕も、強さを得る時が来るのだろうか――。
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