第3場
タラニス山脈へ向かう翼竜討伐隊は驚くほど迅速に結成された。その見事な手際たるや、何者かによる何らかの思惑を感じずにはいられないほどであった。
集まったのは遍歴の騎士や魔道士、狩人ら総勢五十名。ほとんどがベレヌス国外からやって来た者である。それも当然の話で、国内で戦闘技術を持つ者は原則として王国軍に身を置くとされている。むしろ、軍にいるから戦う術を身につけているといった方が正しい。治安維持の観点から、ベレヌスでは戦士と一般の職業をはっきりと区別していた。軍に入らない限り、それが国外からの傭兵だとしても、戦闘行為で金を稼ぐことは禁じられている。唯一の例外が、今回のように国が募集する討伐隊となる。
マリアは傭兵たちが犇めく中庭を窓の陰から見下ろした。
「よく、ここまで集まったものですね」
「女王陛下のお人柄あってのことでございますよ」
ノルマントは口元に笑みを浮かべて言った。マリアにはその言葉の真意が図りかねた。
それにしても、とマリアは窓の外を見ながら胸の内で呟く。見事なまでに男ばかりが集まっている。魔道士などは女の方がむしろ強力な魔法を扱えると聞いていたが、やって来る者はなかったのだろうか。
「陛下」
宰相に促され、マリアは見晴台へ出て行った。彼女が姿を現わすや、中庭からは男たちの歓声が上がってきた。心なしか熱気も感じられた。まるでもう一仕事終えたかのような盛り上がりようであった。
傭兵たちが静まるまで、しばし時間を要した。やがて波が収まったところで、マリアはようやく口を開いた。
「皆さん、この度はよくぞ集まって下さいました」
拡声魔法により、彼女の声は城の隅々まで響き渡る。ともすると城下にさえ届いているかもしれない。
マリアは男たちは見渡しながら続ける。
「我が王国に力を貸してくれること、言葉には現わしきれない感謝を感じています。今、我が国の民は危険に晒されています。北方の、タラニスの山々から下りてくる翼竜の襲撃です。竜は人の住処を襲い、家畜や作物を奪っていきます。住む家を失ったり、命を落とす者だっています。どうか皆さんには、誰もが安心して暮らせるよう、脅威を取り除いてほしいのです」
ただし、と彼女は言い添える。視界の端でノルマントが自分の方を向く気配があったが、構わずに喋り続ける。
「くれぐれも、翼竜たちを殺さぬようお願いします。彼らとて命ある身。生存のためにやむなく人の領分に下りてきていることだって考えられます。山へ追い返せさえすればそれで十分なのです」
先ほどとは違う類いのざわめきが中庭を満たした。皆、周囲の者と顔を見合わせ、首を傾げたりしている。
「陛下、何を仰います。この機会に化物どもを根絶やしにしなくては」顔を寄せてきたノルマントが、押し殺した声で言った。
「それはなりません。竜と人とは祖を同じくするもの。竜を討つことは即ち、人を殺めることと同義です。本来ならば対話をしたいところですが、それが叶わぬのならせめて最低限の衝突だけで済ませるべきなのです」
「正気ですか」
「わたくしは至って正気です」
「女王陛下」庭で声が上がった。傭兵の一人が手を挙げている。顔の下半分を髭で覆われた男だ。
「貴様、無礼であるぞ!」
そう怒鳴る近衛兵を制し、マリアは挙手をした髭面の男に発言を認めた。
「竜どもを追い返しただけで、どうやって俺らが仕事をしたと認めるんで? 褒美はどのようにしていただけるんです?」
なるほど、傭兵としてはもっともな疑問だ。〈褒美〉といって、マリアはすぐに金銀財宝の類いを思い浮かべた。
「無事に戻ったら、その時は全員に漏れなく差し上げます」
その言葉に、再び歓声が上がった。先ほどのものよりも強く、口笛まで聞こえる。城に戻るだけで報酬が得られるというのは、たしかに破格の大盤振る舞いなのかもしれない。だが、マリアに後悔はなかった。無益な殺戮が防げるのであれば、報酬のいくらかなど惜しくはなかった。
かくして、討伐隊の結団式は熱狂の内に幕を下ろした。各々正式の装備を纏った傭兵たちは、硬く物々しい音を鳴らしながらタラニス山脈へ向けて出発していった。
ふと、近衛兵に耳打ちしているノルマントの姿が目に入った。急な用向きなのか、彼は要件を伝え終えるとすぐに、兵を何処かへ走らせた。報告があるものとマリアは待っていたが、宰相はいつまでも話し始める素振りを見せることはなかった。
行列が城門を出て行くまで、マリアは見晴台に立って討伐隊を見送った。やがて最後の一団が去って行き、城門が閉じられんとしたところで、石畳を打つ蹄の音が近付いてきた。閉じかけた門扉の隙間から、影が一つ飛び込んできた。眩しいほどに毛を輝かせた白馬であった。
白馬が見晴台の下で立ち止まる。その背中から、文字通り転がるようにして青年が降り立った。
「遅れて申し訳ありません」ほんの数刻前まで同じ場所に居並んでいた男たちとは違い、粗野な感じのない、それどころか気品さえ漂わせながら、青年はマリアを見上げてきた。「どうか私も、翼竜の討伐隊に加えてくれませんか」
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