第5場(3)

 草原の上に留まっていたビビたちと合流する。

 ギギが何を言わずとも、もう誰も、これ以上食糧を探しに行こうなどとは口にしなかった。若い竜たちは、自分たちの住処へ向けて羽ばたき始めた。

 トトは翼に傷を負っていたが、幸い軽傷で済んだ。一人でも飛べるというので、ギギは本人の言葉を信じて身体を離した。風に煽られながらも、どうにか飛ぶことは出来るようだった。

「ギギ、その……」

 言い掛けたトトを、ジョジョが押し退ける。トトは後方へ追いやられた。

 ジョジョは何か言いたげに、しかし何も言葉を発することなく、隣を飛んでいる。ギギは横目で気にしながらも、正面を向き続けた。

 やがて、ジョジョが口を開いた。

「トトのことは礼を言う」

 喉の奥から無理矢理捻り出したような声だった。ギギは無言で頷いた。

「だが、退いたことは納得がいかねえ。あのままやってりゃ勝てた、絶対に。あいつら全員焼き尽くせば、食糧だって手に入れられたんだ」

「人間は僕らの弱点を知っている。だから氷を飛ばしたりしてくるんだ」

「それがどうした。あんなものは炎さえあれば何てことはない」

「避けるので手一杯だったじゃないか」

 痛い所を突いたと見えて、ジョジョは押し黙った。だがそのままでは引き下がれないようで、「俺はお前を認めねえ」と呻くように言って、隊列の最右翼へ後退していった。

 認めない――。

 言い捨てられた言葉を、ギギは胸の中で反芻した。

 景色はいつの間にか、岩だらけの見慣れたものへと変わっていた。普段は殺風景さにうんざりするが、今日ばかりは安堵の気持ちが湧いた。

 結局自分は、ここで生きていくしかないのだろう――。そんなことを考えた。

 マリーのことを思い出す。不意に彼女と話がしたくなった。

 まだ聞いていない返事を、聞かせてほしかった。

 彼女は怪物である自分を好いてくれるだろうか。

 彼女は自分の心を好いていてくれるのだろうか。

 答えを聞いたら、どうなってしまうか自分でもわからない。だが、答えを聞かなければ前に進めないのも確かであった。

 マリー、君は――。

 突然、右の視界に眩い光が射した。

 一旦瞼を閉じ、改めて開く。山陰の向こうから、太陽が昇り始めていた。

 鱗を通して温もりが伝わってくる。このまま眠りに落ちてしまいそうな心地よさがある。

 夜は見る見る薄まっていく。闇に沈んでいた岩たちが影を帯びる。濃紺だった空は、快晴の青に変わっていく。

 そこには、始まりを予感させる何かがあった。出所不明の希望も湧いてきた。

 ギギは羽ばたくのも忘れ、眼前で繰り広げられる変化に見入っていた。

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