第3場(2)
それから数日して、三度マリーが夢の中に現れた。
ギギの胸には嬉しさと後ろめたさが混在していた。どちらかといえば、後者の方の勢力が強かった。
いつもと変わらぬ空と水面が広がっている。挨拶を済ませると、二人はどちらからともなしに歩き出した。水面に映った空に、二人分の波紋が出来ては消えるを繰り返す。今日のギギは、波紋ばかりを見つめていた。
二人とも、口数が少なかった。そのことに気付いたのはしばらく歩いてからで、そこでマリーが不意に言葉を発した。
「こうして遠くの国にいるあなたと仲良くお話し出来るのは、やっぱりあなたが人の形をしているからなのかしら」
あまりに突然で、それでいて急所を的確に捉えた言葉だったので、ギギは一瞬、呼吸の仕方を忘れた。どうにか呼吸は再開されたものの、息を整えるのは困難で、おまけに声も上ずった。
「ど、どうしたの、突然?」
「今、少し考えていることがあるの。わたしの身の回りで起きていることなのだけれど」
「へ、へえー。どんなこと?」
鼓動がすぐ耳許で聞こえた。彼女が自分の正体に気付いているのかどうなのか、ギギは全神経を動員して観察しようとした。だが、そうするまでもなく、むしろマリーの方から踏み込んできた。
「ねえ、ギギ。もしもわたしが怪物のような姿をしていたら、あなたはわたしと友達になってくれましたか?」
「か、怪物……」
東の岩場の古老が言っていた。人間は自分たちに害を為す生き物を、恐怖を込めて「怪物」と呼び現わすと。そして竜も、人間からすれば「怪物」なのだとも。
マリーの、碧の瞳がじっと向けられていた。真っ直ぐな眼差しは、ギギの反応を試しているようではない。本心から問いの答えを求めているように見受けられる。ギギは息を呑み、向けられた眼差しに見合う言葉を頭の中で探した。
「ぼ、僕は……」声が震えた。逃げては駄目だ、と己に言い聞かせる。本心から答えなければ、と。「どんな姿だって関係ないよ。君のその心があれば」
相手の眼を見据えて言った。マリーの眼差しには、何の変化も起こらなかった。まるで、足元で静かに空を映し続ける水面のように。
間。
マリーはじっと見つめ返してくる。言葉の真偽を確かめでもしているようだ。目線を外したくなるのを、ギギはやっとの思いで我慢する。外したらその途端、言葉は全て嘘になる気がした。
やがて、マリーの表情からふっと緊張のようなものが抜けた。
「ありがとう、ギギ」
彼女は笑った。嘘を言ったつもりはなかったが、ギギの胸に黒いシミのようなものが広がった。
本当のことを言わなければ――。
そんな思いが去来する。話すなら今しかない。後になればなるほど、真実が明らかになった時の傷は大きくなる。
先日の勇気を呼び起こす。崖から飛び降りる思いで、彼は言う。
「君はどう?」
「え?」マリーは小首を傾げる。
「もしも僕が怪物だったとしても、友達になってくれた?」
彼女は呆けたような顔をしていた。実際、切り返すような質問に、不意を打たれたのかもしれない。
小さく開いていた唇が、何かの意思によって動いた。
かと思った次の瞬間、マリーの姿は目の前から消えていた。
「あ、あれ……?」
ギギは〈果てのない湖〉に、一人取り残された。
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