第3場(1)

 口を大きく開け、更に喉の奥を開く。炎が胸から上ってくる様を想像する。空気と混ぜて吐き出せば、翼竜にとって最大の武器、火炎放射となる。

 頭ではわかっている。だが、ギギの口から炎は出ない。

 良くて鼻先少しの所の空気を燃やして終わる。悪いと口の中で舌を焼いた。もう何度、舌を水に浸けたかわからない。

 同年代の者たちは皆、既に炎の吐き方を体得している。むしろギギの歳でも遅いぐらいで、大体は飛び方の次に覚える。稀に要領の悪い者もいるが、それとて幼年期の終わりまでにはどうにか形になる。ギギのような場合は特例中の特例。むしろ、一族始まって以来の出来事かもしれなかった。

 炎が吐けないことを知る者は少ない。当人とビビ、それから東の岩場に住む古老の三名のみだ。父は、まさか息子がそんな有様だとは夢にも思わないだろう。無論、ギギの方から相談できる筈もない。どのような結果を招くか、考えただけでも恐ろしかった。

 古老曰く、気持ちの問題とのことだった。

 翼が生えない竜がいないように、炎を吐く力を持たない竜はいない。ギギも必ずその力を持っている筈なのだが、何らかの心理的要因が邪魔をしているのだという。

 思い当たる節はあった。つまり彼は、炎など吐きたくないのである。炎を吐くということは戦うこと。そのような争いの場面に、彼は出来る限り近付きたくなかった。むしろ率先して遠ざかりたいぐらいであった。

 ましてや、マリーのことを考えてしまっては、余計に練習に身が入らない。人間の彼女に「友達になろう」などと言ったその口から火を吐いて、人間たちの村を彼は焼こうとしているのだ。なにか悪い冗談のようにしか思えなかったし、マリーに対する重大な裏切りな気がして重い罪悪感に苛まれた。

 マリー――。

 ぼんやりと、彼女のことを考える。

 君は僕の本当の姿を知ったら、どんな顔をするだろうか――。

 火を扱っている時に集中を切らしてはいけない。それはどこの世界も同じことで、翼竜たちも例外ではない。喉の奥から吹き出してきた火炎を逃がすには、ギギの口の開きは小さすぎた。彼は舌を初めとする口腔内を焼いた。悲鳴を上げながら飛び上がり、水溜まりに顔を突っ込んで口を冷やす羽目になった。

「何やってんだ、大丈夫か?」

 ビビの声がした。一部始終を見られたらしい。

 恥ずかしさに、ずっと水に顔を浸けていたかったが、そうもいかない。息が続かなくなると観念して、ギギは顔を上げた。

「やっぱり上手くいかないのか?」

「うん」ギギは頷いた。「僕には無理みたいだ。炎を吐くのも、頭領になるのも。とても皆を率いるような器じゃないよ」

「そんなに思い詰めるなよ。何かの拍子にポッと出せるようになるって」

「どうかな……」

 幼馴染みの優しい言葉にも、報いられない自分が情けない。夢の中で湧いた勇気も、結局は偽物なのだと思えてくる。夢の中だからこそ、マリーにあんなことが言えたのだ。本当の自分はこんなにも惨めで、おまけに人間に危害を加えようとしている。最低もいいところだ。

 ビビが顔を覗き込んできた。

「なんだか顔色悪いぞ? ちゃんと寝てるか?」

「大丈夫だよ」ギギは逃げるように顔を背けた。口の中がヒリヒリと痛んだ。

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