第5話『日常風景とは得てして異常である(2)』

 寮の扉を開けば、春先の涼しさと華やかさを兼ね備えた良い風が頬を撫でていく。

 聞くところによれば、神無月学園は現在、春休みの最終盤であるらしい。多くの生徒は実家に帰っているらしく、寮に残っているのは何らかの事情で新出雲を離れるつもりのない者や、氷菓のように、《代理戦争》に出るため新出雲にいなければならない騎士ばかりとのことだった。


 その氷菓に特段予定もないというので、家具や日用品の買い出しを手伝ってもらうことにした。厳密には向こうから提案をしてくれたので、これ幸いと乗っかった形だ。曰く「私はあなたたちの護衛ですので、目を離すわけにはいきません」とのこと。何とも生真面目なことである。いや、こちらとしては手が増えて大いに助かるのだが。今朝のごたごたも相まって舞花の機嫌がすこぶる悪い。これは何か一つ、対応をミスると決壊する、最難関案件だ。無意識のうちにぶるりと肩が震えてしまう。おおこわ。


 ハイ・カーボンの階段をかつかつ鳴らして、寮の階段を降りていく。

 やっぱり飛び降りるよりかは普通に下りた方がずっとマシだなぁ、などと思っていると。


「白雪姫! この間の《代理戦争》見ました!」

「姫! ファンなんです、サイン、サインお願いします!」

「ちょっと、抜け駆け狡いわよ! 姫、私にお願いします!」


 丁度ロビーを出たあたりで、ものすごい数の生徒たちに囲まれてしまった。その数、優に二十人以上。どうやら皆、《代理戦争》で驚異的な勝率を誇る《白雪姫》……要するに氷菓のファンであるらしい。おまけにあとからあとから増えてくる。

 彼らの波を掻き分けながら、なんとか校庭まで繰り出すころには、まだ部屋を出たばかりだというのに大分疲れが来ていた。思わず息が上がってしまう。


 ところが、氷菓と来たらまるで涼やかなままだった。汗の一つも浮いていない。慣れている、ということだろうか?


「随分と人気者なんだな」

「堕肉の癖に生意気」

最大異端あなたたちほどじゃありません。私はあくまで、戦って勝っただけですから」


 正面を向いたまま、氷菓はそっけない答えを寄越す。随分と謙虚な反応だ。

 そんなことはない、と思うのだが。戦って勝つ――勝って勝って勝ち続ける。それがどれだけ難しいことか、あの六年前を知っている身としては、どうしても考えてしまう。それは恐らく、氷菓自身もある程度分かっているはずだ。まだ出会って一日だが、この子が自分の力を過小評価するタイプの騎士ではないと、有司は既に知っている。

 と、なると。


「もしかして、自分の立場、あんまり好きじゃなかったりするのか?」

「いいことばかりではありませんから」


 声の中には結構本気めの嫌悪感。人気者も大変なんだなぁ、などと思っていると。

 丁度、その実例と遭遇する機会が来た。


「《白雪姫》時凍氷菓……! 貴様に決闘を申し込む!」


 同年代くらいの少年の声。振り返れば、短く刈り込んだ髪を立てた、制服姿の少年が一人。神無月学園の制服だ。十中八九、異端騎士だろう。

 彼は三白眼気味の瞳を大きく開いて、堂々と戦線を布告する。


「貴様の《十二時の鐘が鳴る前に》と、異端兵装同士による斬り合いを所望する。真正面から打ち勝ち、レート6になるための足掛かりとなってもらうぞ!」


 なるほど、経験値狩りか。内心で納得。異端騎士の養成学園であるところの神無月では日常茶飯事だと聞く。時凍氷菓は学生としては最強クラスのレート7。もしも倒せれば、あらゆる意味でボーナスが付くといっていい。はぁ、とため息をつく彼女の様子を見れば、恐らくはあのファンたちと同様に、こういった手合いからの果たし状というのも日常茶飯事なのだろう。

 ただ……今回の彼の目線は、ちょっと色々と別の場所に飛び過ぎだった。具体的には、氷菓の白いうなじであるとか、スカートの裾から覗く太腿とか、制服のジャケットの上からでも分かる膨らみであるとか。


 この手の視線を相手に向ける異端騎士を、有司は六年前、何度か見た記憶がある。そしてそういう異端騎士が、相手に対して何をするのかも知っている。

 どうやら、戦闘の目的は単に経験値だけではないと見える。デュエルセクハラ、とでも言うべきだろうか? 近接系の兵装で密着戦闘を挑み、肌の触れ合う感触であるとか、呼吸音とか、飛び散る汗とか、そういうのを感じ取ろうという試みらしい。


 この平和な時代に随分下衆、というか気持ち悪いことを考える奴がいたもんだな……と、一周回って感心してしまう。

 いや、むしろ平和だからこそ、ことの質の悪さに気付かないのか。近頃の若者は変なところに知恵が回るものだ。自分もその『若者』のはずなのだが、妙に当事者としての輪の外から感想をよせてしまう。


 氷菓の言うところの『いいことではない』こととは、つまりはこういう輩のことを言うのだろう。なるほど、下着姿を見た相手を来世でも呪う、とまでのたまう氷菓にとって、これほどの苦痛はあるまい。恐らくだが、決闘を回避するために言葉を交わすのも、かなりの嫌悪感を懐いているのではあるまいか。

 ……余計なお世話な気もするが、個人的にも色々と度し難い。少々、介入させてもらうとしよう。さっ、と腕を伸ばして、氷菓の細い腰を抱き寄せる。


「ひゃっ!?」

「なっ!」


 氷菓と舞花の、種別の違う悲鳴。決闘を申し込んできた、件の少年の顔も歪む。


「悪いな。彼女、先約があるんだ。万が一ここで怪我されると色々困るんだよな」

「ちょっと、な、何してるんですか……!」

「兄様、早く、早くそいつを離して! 淫乱が伝染る!」


 腕の中で氷菓が、腰の後ろで舞花がぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる。内心でぺこぺこ頭を下げながら、有司はもう一度、男子生徒の方に向き直った。

 粗暴な瞳を、こちらも目つきの悪い自信がある黒い瞳でじっと見つめ返す。


「だからその決闘、代わりに俺を戦わせてほしい」

「なんだと……!」


 驚愕は、彼だけのものではなかった。弾かれた様に氷菓がこちらの顔を見上げて来る。氷のように透き通った青い目が、大きく見開かれていた。

 安心しろ、と目くばせを一つ。するとその態度が気に入らなかったのか、挑戦者は声を荒げて抗議してきた。


「ふざけるな! オレは白雪姫と……」

「なんだなんだ、通りすがりの異端騎士に負けるのが怖いのか」


 この口調似合わねぇな俺、と思いつつも煽り立てる。《大戦争》時代に培った、相手の冷静さを奪う話術なのだが……こう、客観的視点で活用してみると、随分とうざったい感じになってしまう。

 ただし、この手の相手には良く効くことが実証済みだ。見る見るうちに逆上の色に染まっていく男子生徒の顔を見て、有司は作戦の成功を確信した。


「……いいだろう。貴様を身代わりとすることに賛成する」

「お、いいね。素直な騎士は嫌いじゃないぜ」

「ただし! 貴様は《白雪姫》の指示だけで行動してもらう……オレが戦いたいのは奴であって、貴様ではないのだからな」

「なるほど、文字通りの身代わり扱いってことね――分かった。それでいこう」


 制服の裾を正し、男子生徒は有司から距離を取った。よし。それでいい。

 ところが少女たちにとって、当然と言うかなんというか、この状況は不満らしい。避けがたい交戦の予感に、氷菓が声を荒げた。


「どういう! つもりですか!」

「悪い、ノリと勢いで……けど、時凍も普通に決闘するのは嫌なんじゃないか、と思ってさ」

「……それは、そうですけど」


 視線を逸らされてしまう。借りを作った、とでも思って気が引けているのか。それとも単純に、余計なことをした有司を叱る、次の言葉を探しているのか。どちらにせよ、彼女の同意は得ておきたいところである。指示飛ばしてもらわないと戦えないし。

 なのでもっともらしいことを考えて、言い訳をする。


「姉貴が言ってたろ、時凍は俺たちの護衛だけど……同時に俺たちもお前の護衛を果たさなくちゃいけない、って。ま、朝飯の礼だと思ってくれ」

「……おかしな異端騎士ひとですね、《第三最大異端》は」

「ほっとけ。中途半端にお人よしな自覚ならある」


 本当に本当のお人よしなら、そもそも自覚なんてするはずもないし……なにより、善意だけで何もかもを片付けられるほど、有司は真っ当な人間ではない。

 実際のところ、これは氷菓と自分の立ち位置を、護衛同士とその対象同士、という関係性を利用した、一種の八つ当たりなのだ。


 ――汎用兵装なんてものを、自分たちがこの世界にばらまいた理由を。

 ――異世界の法則と共にある、《異端騎士》の在り方を。

 ――異端世界を背負いながらも、正統世界の存在たらんと抗った六年前を。


 なんとなく、目の前の異端騎士の、『兵装戦』に対する態度に、穢されたような気がして腹が立つ。その不快感を晴らしたいがためだけに、こうして身代わりを買って出ているのだから。実に自分勝手極まりない。こういうやつを、世間は『お人よし』とは絶対に呼ばないものだ。

 これだから妹との距離を測りかねるんだよなぁ、真っ当な感性に対しての異端だから……と自らを罵りりつつ、有司は対戦相手との距離を取り、構える。対戦相手の生徒も、同じように。いつでも異端兵装を引き抜き、《異法》を展開できるようにする準備。これを成したが最後、戦いの火ぶたは切って落とされたも同然である。


 氷菓の指示が耳裏を叩く。


「抜いてください」

「おう」


 導かれるように返事をひとつ。右手を突き出す。水面に肌が触れるような感触。直後、腕から先が、異端世界へと繋がるゲートに呑み込まれた。

 指先に無数の異端兵装、そのグリップが触れる。まるで自分を使え、開放しろ、と囁いているかのようだ。悪いなお前ら、今日使う武器は決まってるんだ、と心の中で謝罪を一つ。それから、目当ての兵装をずるりと抜き放つ。


「な……」


 陽光を反射し、いびつな鋼の輝きを放つ、錆びだらけのショートスピア。異端兵装としてはあまりにも格の低いその姿。長いこと手入れしてない兵装が、こんなことになるとか聞いてねぇんだよなぁ……と、久しぶりに使って以来、有司自身困惑が隠せない。

 だが混乱と衝撃の度合いは、昨日の氷菓もそうだったが対戦相手の方が高いようで。


「なんだ、そのおんぼろな槍は! そんな装備でオレに勝とうと言うのか!」


 制服姿の少年は、激昂と共に鬼の形相を取る。どうやら地雷を踏んだらしい。

 後ろの方で舞花が、「もしかして兄様、人を怒らせる才能があるんじゃ……」などとぶつぶつ呟いていたが知らない。知らないったら知らない。そんな才能欲しくない。


「馬鹿にされたものだな――来い! 《深海の長、大海の女帝ダゴン・ハイドラ》!」


 有司がそうしたように、男子生徒もまた、虚空に向けて右腕を突き出す。

 水しぶきをまき散らしながら、彼の身の丈ほどもあろうかという、巨大な斧が姿を見せる。岩……いや、あれはサザエの類だろうか? 石灰層めいた装甲がグリップ部分から先を蓋っており、海竜のヒレを切り出したような不思議な形状を見せていた。

 なるほど、接続した世界になんとなく見当がついた。ああいう異端兵装を与えてくるのは、見渡す限りの大海と、そこに住まう異形の生物たちの世界――《逆巻く海の樹形図理論インスマス》だろう。流石に異法の名前までは分からないが、中々強力な世界に接続していると見える。


 まぁ、想定外というほどではないのだが。そもそも近接戦闘系、それも相手をいたぶれるタイプだろう、という予想からして大体あっていたわけだし。


「喰らえ!」

「おっと」


 水しぶきを上げながら、青黒い刃が振り下ろされる。ジェット噴射の原理でも活用しているのだろうか。マフラー状の機関から水流が放たれるたびに、その速度は上がっていく。ヒットと同時に最大出力に到達、水圧も込みで対戦相手を叩き切る、といったタイプの兵装らしい。

 そう考えると、防御をするのは中々難しそうだ。並みの兵装では鍔迫り合いになる前に破壊されてしまうだろう。無論それは、錆の浮いたこの槍も例外ではない。この男、レートは5と言ったか……なるほど、これほどの攻撃力と速度があれば、中堅異端騎士に対してかなり強く出られるだろう。氷菓ほどではないが、自分の兵装と《異法》の特性をよく理解できている。


 だが、残念なことにというか、幸いなことにというか。戦闘センスの方はイマイチだ。

 狙いが分かりやすすぎる。軌道が丸見えだ。有司は氷菓の指示があるまで動けないから、この速度の攻撃を避けられない、と思ったのだろうが――甘い。


 なんせ氷菓は、対戦相手の生徒が斧を振り上げたその時には、もう指示を飛ばすべく口を開いていたのだから。


「前方に距離を詰めてから、直前で背後に回ってください」

「了解」

「な」


 指示の通りに素早く移動。相手の黒い目がこちらを探して右往左往。格闘戦最強の名をほしいままにする《第五最大異端》直伝の歩法だ。恐らく、有司の姿が煙のように掻き消えて見えたに違いない。


「そのまま刺突攻撃、五時の方向にステップで移動してから切り払い。反撃がくるので三時方向に回避し、もう一度刺突を」


 氷菓の声が届くころには、有司の四肢も動いている。錆びつき槍もうまく使えばきちんとダメージを出してくれる。刺突、移動からの斬撃、氷菓の予想通りに、大斧を振り回すカウンターが来たので、腕が干渉して攻撃の届かなくなる位置まで回避。それから、死角をついてもう一度突き刺し攻撃。


 一方的だった。内心で舌を巻く。耳に届く指示のことごとくが的確過ぎる。未来予知でもしているのではないか、と思うほど、氷菓の戦術選択は『正解』に過ぎる。なんせ彼女が想定していたであろう場所と、ほぼ全く同じ軌道を相手の刃が通り過ぎ、こちらの穂先が通過するのだ。戦場を氷の息吹が支配しているような、そんな不思議な感覚に襲われる。


 けれど実際、彼女が未来を予測しているわけでも測定しているわけでもない。寧ろそういうのはの方がずっと得意だし――その力では、ここまで正確な軌道予測は不可能だ。せいぜい、攻撃のタイミングと大まかな光景を垣間見ることができるだけ。

 これは知識だ。氷菓が異端騎士になってから今日まで蓄えてきた膨大な、異端兵装とその活用法……つまりは『戦い方』に関する知識。それが彼女に、未来予知にも等しい先読みの力を与えているのだ。


「く、そぉぁああああああ!」


 しびれを切らしたか。男子生徒の構えた大斧が、ズン、と大地に突き立てられた。ビキビキと広がる地割れ。同時に、潮風にさらされた巻貝を思わせる、生物的なシルエットがドクンと脈打った。斧の刃をはじめとした、全体に走ったスリットライン――そこから、荒れ狂う海を思わす暗い青色の光が漏れ零れる。


 大気の流れが変わった。正統世界を異端世界が侵食し出す。異法行為が、来る……!


「《混沌の海、逆鎖の瀑布イン・スマイト・マサカー》!!」


 ドンッ――強烈な地響きが、校庭全体を襲った。

 昨日氷漬けにされてはハイ・カーボンの力で修復されたばかりの床が、バキバキと音を立てて砕け散る。ほぼ同時に、凄まじい勢いの鉄砲水が、異端世界から有司を目掛けて噴き出してきた。

 その一つ一つが、刃を思わす鋭さを備える。なるほど、巻き込まれたらいかな《最大異端》とはいえ、無傷では済まないだろう。やはり攻撃力に関しては、目を見張るところがあるようだ。


「跳躍してください! 異法行為が使えるなら、そこで解放を!」

「ッ!」


 まぁ、この状況下において、『当たれば強い』技は何ら意味がないのだが。

 全力の跳躍。水流の斬撃、地割れからの鉄砲水、その全ての攻撃範囲外へと、有司は逃れ出た。ついで、錆びついた槍を再び、異界の扉へと突き立てる。


 ――直後。青空を蓋うように、同じ姿の槍が、無数に姿を現した。


「何……ッ!?」

「これで決着、確定事項だ」


 戦場で動きを止めるのはアウトだぜ、と、心の中だけで忠告を飛ばしたのを合図とし。

 異法行為、《原型神話・雷霆無尽カーディナル・ハダド》が、少年目掛けて錆びた刃を降り注がせた。


 ***


 目を回してノびてしまった挑戦者を、いつの間にか集まってきた観客たちに託すと、自然と安堵のため息が漏れた。変に大見えを切った勝負で負けなくてよかった。いくら最大異端とは言え、今の有司はどこ出しても恥ずかしいグレード0……まともに打ち合っていたら、なんだかんだでパワー負けしていたような気がする。


「兄様!」


 明星を思わす黄金の目を、きらきらと輝かせて。

 三橋舞花が、ものすごい勢いでハグを求めて来る。その勢い、猪突猛進の言葉の何と相応しいことか。この時の為にあったんじゃないかとさえ思えてくる。

 とはいえ、いくら愛しい妹の軽い体でも、真正面から受け入れるわけにはいかない。流石に痛いし。軸足を入れ替え、流れるように前進。舞花の突進(?)をするりと躱す。


「あんっ」


 ずべしっ。

 抱き着くはずだった有司を見失い、舞花の身体は勢いよく地面にひっくり返る。可愛い妹を酷い目に遭わせるのは中々気が引けるが、まぁ自業自得というか、ちょっとは頭を冷やせという宣告というか。

 流石の舞花も、今の衝撃で少しは正気に戻ったか。金色の瞳に渦巻いていた熱情を、咎めるような色に入れ替えて、じとっとこちらを睨んでくる。


「あ、兄様……出迎えた可愛い妻を無視するだなんてひどすぎる……」

「妻じゃねぇってーの」


 全然冷静になれてなかった。ほんと懲りねぇなこいつ。

 まぁなんというか、何事にも失敗を恐れずにチャレンジする子に育ってほしい、という思いで育ててきた節はあるので、そういう意味では問題ない、とは思うのだが……それにしたって発露の方向性が変過ぎやしないだろうか。お兄ちゃんちょっと悲しいぞ。


「お疲れ様でした」

「そっちこそ」


 ハイタッチをしようと手を上げたら、華麗にスルーされた。悲しい。

 ただ、好感度自体はちらっとだけ……本当に僅かにだけだが……上がったらしい。氷菓はふわり、と雪解けのように頬を緩めると、僅かにではあるが、優しい声音でいたわってくれた。


「見直しました。正直、まだあなたが《第三最大異端》だとは信じきれていなかったのですけど……今のあなたの戦いは、素晴らしかったです。よく兵装の意味と使い方を理解して、かつそれを戦いに活かせるだけのセンス」

「そうだろうそうだろう、もっと褒めても良いんだぜ、と言いたいところだが、正直、時凍の指示が良かっただけかもしれないぞ。凄く楽だった」


 実際、氷菓の戦術と戦略は非常に『よくできていた』。《大戦争》の折にすら、あれほど的確に駒を動かせる軍師はいなかったように思う。


「正直舞花の指示聞くよりも戦い易かったかもしれん」

「んなっ……!」


 びしり。

 舞花の全身が、石造のように固まる。


「あ、兄様、それは……」

「実は時凍と組んだ方が強かったりするのかも?」

「がーん」


 今朝見せたのと同じような、どよどよした表情を取る舞花。その様子に苦笑して


「なぁ時凍、もしよかったら、本気で一回、ペア組んで演習でも――」


 ――言葉選びを間違えたことに気が付いたのは、視線を外したばかりの舞花の気配が、一瞬で変わった時だった。『嘆き』の比率が強くなるというか、今までの若干ギャグめいた悲嘆ではなく、本物の……本気の悲しみに、彼女の感情が移り変わったしまったような。

 弾かれた様に妹の方を見れば、彼女の瞳、金色の光が移り込むそこに、大粒の涙がみるみる溜まっていく。しまった、と思った時にはもう遅い。彼女の小さな桜色の唇が震え、僅かに開く。


「兄様の……」


 わななくような声が漏れた。

 その声は呼び水だ。確かな怒気と、珍しいくらいに本気の罵倒の念と、それから大海のように膨大な悲しみを込めて、三橋舞花はガッと叫ぶ。


「兄様の、馬鹿ぁぁぁああああああああああああ!!」


 周囲の人の気持ちを考えないで、思いついたことをすぐ口にするのは兄様の悪い癖。そう、彼女自身が言っていたことを思い出す。

 つまるところ。

 踏んだのである、今度は、妹の地雷を。

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