第2話『異端者の学園にようこそ。では死ね(2)』

 時凍氷菓にとって《時は凍てつく、氷の様にグン・グリム・ニル》は、とてもではないがこんなところで使うような技ではなかった。


 吹雪と暴風による一撃によって物理的に押しつぶす《時は流れる、雪崩の様にグリム・ニル・バルズル》に対し、この技は相手を即座に冷凍させる……即ち、命の鼓動ごとその温度の全てを奪い去る一撃だ。かすり傷でも殺傷力は十分。

 教官たちからは、『人間に向かって打つような技ではない』『文字通りのイリーガル』と言われ、ライセンス取得の際も禁忌の烙印を押された一撃である。以来、可能な限りその言葉に従い、使わないようにしてきた。


 それをどうして今ここで、この男に対して解禁したのか。その時の氷菓は、まだ気が付けていなかった。ただこの時は、全霊で以てこの覗き魔を氷像にせねば、という気持ちでいっぱいだった。

 きっとこの技以外では、三橋有司を殺すことはできない、と、本能が感じ取っていたのだろう。

 刀身が肌を切り裂く感触は、しなかった。機械鎌が纏っていたはずの、世界そのものを凍結させる冷気が、着弾地点から見る見るうちに霧散していく……いや、違う。


 のだ。まるで自分の『還るべき場所』を見つけたかのように――三橋有司の掲げた右手、その掌を起点として展開した、水面の様な空隙へと。


「……どういう、つもりですか?」

「まぁ、死ぬのは冗談ってこった。普通に謝って済ませてくれるならよかったんだけど、そうも行かないっぽかったしな……この先、舞花に被害が及んでも困るから、言質を取るのに利用させてもらった」


 氷菓の青い瞳を真っすぐ見据える有司の目には、何の冗談も安堵も感じられなかった。運やまぐれなどではない。彼は、最初からこれを狙って……!

 有司が右手を払う。それだけで、凍結の呪いを無力化された《十二時の鐘が鳴る前に》が弾かれる。たたらを踏む氷菓の視界、疲れた、とばかりに脱力する少年の隣に、ざり、と音を立てて黒髪の幼女が並び立つ。


「……演技にあたって周りの人間を巻き込むのは、兄様の悪い癖」

「こら、戻ってくんな舞花。まだあぶねーぞ」

「嫌。もう離れない。ほんとに死ぬのかと思ったんだから」

「ああもう、悪かったよ」


 ぶっきらぼうながらも、恥ずかしそうにそっぽを向く有司。三橋舞花の表情、そして有司本人の言葉から、氷菓は彼の行動の真意を悟る。


「まさか、私と正面切って戦うつもりで?」

「おう」


 あり得ない。こちらは仮にもレート7――学生の身で到達できる異端深度イレギュレートとしては最高クラスだ。それに真っ向から歯向かうだなどと、正気の沙汰ではない!

 困惑を隠せない氷菓の問いに、あくまでも自然体で答えながら、少年は虚空へと手をかざす。お世辞にも頼りになるとは言えなそうな細い腕を呑みこむように、空間が歪む。


「氷で、鎌使いで……んー、舞花、どれがいいと思う?」

「あんな堕肉の塊みたいな女には串刺しが相応しい。霜降り肉にしてしまえばいい」

「氷使いだけに霜ってか……いや、堕肉とか言うなよ馬鹿。おっぱいは人類の至宝だろ」

「兄様?」

「ん゛んッ……なんでもない」


 霜ネタもとい下ネタは駄目だったか、と呟く有司。数秒後、お目当ての品を見つけたか。氷菓がそうしたように、彼もまた、ずるりと得物を引き抜いた。


「うへ、ひでぇことになってやがる」


 それは、不気味に錆びついた、一振りの槍だった。


 お世辞にも綺麗とは言えない、不格好な直線。何か細かい装飾が施されているわけでもなく、どちらかと言えば金属の棒、と言った方が近い。その先端を削って、無理矢理槍だと言い張っているような雰囲気だ。

 レンジは、使い手の肩口から指先までと、丁度同じくらいか。数字に直せば一メートル半程度だろう。無造作に端を掴んでいるため、腕の長さが倍になったような印象を受けるが、氷菓の構える《十二時の鐘が鳴る前に》と比べればあまりにも貧弱で頼りない。


 それだけではない。有司が構えたそれを少し振るうと、まるで3Dゲームの画面でポリゴンが乱れるように、槍の像がぶれたではないか。正統世界と異端世界の間を、上手く行き来できていないのだ。

 僅かに垣間見える元の色は、清澄かつ神聖な白銀に見える。その全てが、数々の不格好極まる特徴のせいで台無しになっていた。


 けれども、それが彼の武器。《異端者》としての三橋有司、彼の触れた異界を表す異端兵装の嘘偽りない今の姿。

 有司はボロボロとポリゴンの屑を落としながら、槍の穂先を氷菓に向ける。


「俺のこいつとあんたの《十二時の鐘が鳴る前に》、どっちが強いか勝負しようぜ」


 その『宣戦布告』に。


「ふざけないでください」


 氷菓は、ぴしゃりと吐き捨てる。その顔には、先ほどまでとは種類の違う怒りが浮かんでいた。半裸を見られたことへの羞恥ではなく、異端騎士としての自らの価値、それを侮辱された、と受け取ったのだ。


「その槍……どうして錆びついているのかまでは知りませんが、レート1の《異端者》なら誰でも召喚できる汎用の兵装デバイスですよね? その程度で私に勝とうだなんて」


 推測するまでもなく、不可能な話だ。舐め腐っていると言ってもいい。


 一般的に、《異端者》のレベルである異端深度は、己と異端世界の繋がりの強さの表れ。ひいてはどれだけ《異法》を引き出せるかをも示す。そして《異法》とは、引き出せれば引き出せるほど強大な力となって、正統世界を侵食する。レート……『等級』などというワードが使われるのも当然だ。その事実はそのまま、強さとなって対戦相手を撃滅するのだから。


 そしてレートの高さは、そのまま《異法》の象徴たる異端兵装の威力に直結する。即ち、レート1のおんぼろ槍と、レート7の機械鎌の間には、どうやっても埋められない格差が存在する、ということなのだ。蟷螂がブルドーザー相手に威嚇行為をするようなものである。

 ――しかし。


「あー、その、なんだ、悪いけど二つ程訂正させてほしい」


 少年は、若干長い前髪を弄りながら、面倒くさそうに言い放ったのだ。


「一つ。こいつは汎用モノじゃないよ。れっきとした俺の固有兵装。第一俺、レート不足で汎用兵装扱えないからな」

「……は?」


 氷菓の喉から、馬鹿正直に困惑の声が漏れる。


 あり得ない。汎用兵装とは六年前、《異端者》が大々的に表世界に周知され、全世界を挙げて育成が行われるようになったとき、とある《最大異端》が既存の異端兵装を元に開発した、いわば人工の《異法》だ。


 旧来、ある程度のレートが無ければ扱う事の出来なかった異端兵装を誰もが使えるようにすることで、異端者の能力水準を引き上げようとしたらしい。

 結果として完成した汎用兵装は、異世界側の中では最も正統世界側に近い位置に存在するアイテムだ。《異端者》として異世界へと足を踏み出した人間なら、誰でも手に取ることができる。それができないということは、その人物は普通人だ、ということに等しい。


 だが、ついさっき有司は、正統と異端を繋ぐ空間の揺らぎから、兵装を取り出したではないか。それは《異端者》でなければ起こせない現象だ。

 第一、この世界とは別の位相に存在する異端兵装には、そもそも《異端者》以外が触れることは不可能である。本当にレートが1に満たない、というのであれば、槍を構えることすらできないはずだ。

 故に彼は《異端者》で間違いない。だというのにも関わらず、有司はその最低条件すらも満たしていないというのだ!


 レート0──そんな言葉が、脳裏に浮かぶ。


「それからもう一つ」


 氷菓の混乱を見透かすように。三橋有司は、槍を構えていない方の手の人差し指をぴんと立てて。

 やけに鋭い真剣な光を、丈長の前髪の向こうから叩きつけてきた。


「勝とうとしてるんじゃない。勝つんだよ。確定事項だ。分かる?」

「こ……の……ッ!!」


 これまで体験したことのない感情に、氷菓の全身が湧き立つ。

 レート7だからと言って驕り高ぶっているつもりはない。別に氷菓だって無敵なわけではないのだ。時には低レートの相手に後れを取る事もある。

 それでも、この不可解な男にだけは、負ける気が全くしなかった。女の裸を見た挙句に逃げ出すような変態に、負けたくなかったというのもある。そしてそういった執念は、常に《異端騎士》を強くするものだ。今もその例に漏れず、氷菓は少年を圧倒できていたではないか。

 

 にもかかわらず、今の挑発。それを皮切りに、敗北のイメージこそ浮かばないままだが、同時に勝利のイメージまでもが消えてしまったのだ。


 まるで、あんたじゃ俺には勝てない、と言われたかのようで。

 半ば衝動に身を任せるように、白の鎌で斬りつける。軌道はそのまま凝結し、氷の刃を生み出した。一度の斬撃が二度の攻撃を生み出すのは、氷菓の戦闘の軸となるストラテジーだ。どちらも当たれば致命的。加えて正統世界とは異なる物理法則に生きる異端兵装は、この星の重力に半ば逆らう様に、相手を抉る重さを備えたまま、羽毛を思わせる軽さで戦場を駆け巡る。


 その軽さを利用して、即座に切り返し。前進しながらもう一度。今度は、上半身の力全てを利用した大切断だ。

 これまで戦ってきた異端騎士、その殆どは、この連撃に耐えきれなかった。どこかで必ず力尽きて、氷の呪縛に囚われる。

 異端騎士は《異法》を中心とした戦略を組む場合が多いため、兵装を用いた戦闘は最低限の訓練しか積んでいない場合が多いのだ。そういう局面において、氷菓のラッシュは極めて効果的。反応しきれずに、皆死神の刃に刈り取られていく。


 だというのに。三橋有司は、そのことごとくを避ける、避ける、避ける──それも妹の小さな体を抱えて、なおかつ時々欠伸やよそ見を兼ねながら。


「兄様、今日の夕ご飯、なににする?」

「うーん、随分冷えたし、あったかい奴にするかなぁ」

「やだ、兄様ったら……私を食べてあったかくなりたい(意味深)だなんて……」

「誰もそんなこと言ってねぇよ。食事の話だろうが」

「わかった。じゃぁ牛鍋をつつこう」

「お、それならいいな。でも牛肉高くねぇか?」

「問題ない。目の前の乳牛から刈り取ればいい」

「いや問題大ありだからな?」


 関係のない話までし始めた。流石にこちらを侮り過ぎているように見える。


「《十二時の鐘が鳴る前にグリムリーパー・サンドリヨン》──ッ!!」


 氷菓は、再び機械鎌を振り上げた。それだけでバキバキと空間が凍てつき、吹きすさぶ暴風が木々を揺らす。空は再び暗雲に覆われ、世界を雪景色に閉じ込める。正統世界の法則を侵食し、書き換えるほどに強烈な、時凍氷菓が接続した異端世界の原風景。


「うぉっと」


 勢いよく振り降ろせば、有司は目を丸くしてバックステップ。体勢を崩した彼を追撃すべく、氷菓は再び腰だめに構えた。


「戦闘に集中しないとは、良い度胸ですね」

「そうカッカすんなよ。リラックスしないと兵装も付いてこないぜ」

「馬鹿らしい!」


 機械鎌を鋭く振り上げる。同時に、有司の右腕が霞んだ。同時に、がいん、という鈍い激突音。右手に淡い痺れがはしる。

 少年の錆びた槍が、氷菓の機械鎌を受け止めたのだ。見れば錆びた穂先がうっすらと熱を帯びて、氷の刀身を溶かしつつ、吹雪が集うのを避けているではないか。


 異界の金属同士がこすれ合い、鮮やかな火花を散らす。常識的に考えればあり得ない。汎用兵装まがいの代物で、きちんとした異端兵装、それもレート7の物と打ち合いを演じるなど、冗談もいいところだ。

 しかしそれは、夢でも偽りでもなく、真実として目の前にあった。三橋有司は、ボロボロの小さな槍で、自分の《十二時の鐘が鳴る前に》を迎撃してみせたのだ。

 それが現実。それが正統。


「どうよ、レート0に渾身の一振りを止められた感想は」

「この……ッ!」


 鍔迫り合いはすぐに解けた。有司が槍を構えた右腕を大きくスナップさせると、そのまま抱えた妹を庇う様に隠しながら、氷菓の背後に回ったのだ。しかしながら、動きが見え見えだ。不意打ちにすらなるまい。


 ざっ、と踵で地表を削りながら、大きく足を開いて《十二時の鐘が鳴る前に》を構える。がしゅぅ、と快い音を立てて、純白の装甲が稼働。そのまま刀身の位置が入れ替わり、機械鎌は純白の機械槍へと姿を変えた。

 足を踏みかえる動作にのせて、刺突を放つ。《異法行為》発動時ほどではないが、雪を巻き込みながらトルネードが発生。穂先に極小の吹雪が形成される。だがその一撃は、流石に大振りであったか。迎撃されることを察した少年に、軽く回避されてしまう。


 無論、ここで終わるわけがない。次の瞬間、再びの駆動音と共に槍は鎌へと姿を戻す。形成されたクリアブルーの刀身が冷気を纏い、氷菓の《異法》、《時よ止まれ、お前は雪景色の様に美しい》が備える『空間の氷結』という法則を引き出した。突撃槍が描いた軌道が、即座に氷結。有司の姿勢を大きく崩す。


 その、直前に。


「兄様」


 三橋舞花が、一言。その瞳を明星のような金色に輝かせて、告げる。

 たったそれだけで全てを察したのだろうか。少年は大ぶりな動きで氷菓の軌道から離脱。直後の空間氷結も、それに伴う冷気攻撃も、全て避けてみせた。


「うへぇ、何でもありかよ。こりゃ負ける気もしねぇわけだわ」


 大気を閉じ込めた氷の彫像に、大きく顔を顰める有司。だが、妹を抱きかかえたその姿はあくまで自然体。こわばっている様子も、氷菓に脅威を感じている様子もまるでみせていない。

 氷菓の心に焦りがたまり始める。いけない。こんなようではいけない。こんなありさまでは――


「《第三最大異端》には、遠く及ばない……!」


 白の機械鎌を振り上げる。《時よ止まれ、お前は雪景色の様に美しい》が正統世界へともたらす壮絶な吹雪が、氷の刃を形成した。

 二度目の《時は凍てつく、氷の様に》。今度は、確実に決める。

 さぁ、切りつけられればそれで終わり、傷口から一気に凍結して絶命だ。相手は打ち合う、あるいは防御するしか他にない。どちらかの行動をとってくるはず。この一撃を繰り出したら、次は相手の対応次第でカウンターの準備を――そう、思っていたのだが。


「ん?」

「え?」


 ふいに少年と少女が、怪訝そうに目をぱちくり。顔を見合わせると、兄の方が一言問うてくる。


「聞き間違いじゃなければ、第三最大異端って言ったよな」

「え? ええ……それがなにか?」

「なぁ、もしかしてこの後、その《第三最大異端》が、ここに来ることになってたりしない?」

「……っ!」


 悟られた、という事実と、悟らせてしまった、という後悔に身がきしむ。

 ――《第三最大異端》、バアル=アスタナトライ。レート9、名実ともに異端騎士の頂点に立つ、五人の《最大異端》たち。その中で最も知名度が高く、同時に最も謎に包まれたこの《異端者》は、どうやら神無月学園の理事長と個人的に親しいと聞く。

 普段滅多に表舞台に姿を見せない彼、もしくは彼女が、所用で学園を訪れる、というので、氷菓としてはかなり楽しみにしていたのだ。わくわくしていた、といっても良い。あらゆる汎用兵装のもととなったとされる異端兵装……それを駆る者の戦いを見てみたい。我儘を言わなすぎだ、と親にまで言われた彼女にしては、珍しいくらいに素直な欲望。


 前述の通り、彼は《大戦》の以後素顔を見せたことはない。体格からして同年代なのではないか、と疑ってはいるのだが……だとすれば尚更尊敬すべき相手だ。同じくらいの少年、または少女でありながら、自分よりもはるかに上の実力を備え、なおかつ六年前の混乱を鎮めてみせたのだから。

 だから《第三最大異端》にとって、不利になりそうなことは口にしたくなかったのだが……動揺のあまり口が滑ってしまった。

 そんな氷菓の後悔は、はなから気にもしていないのか。黒の兄妹は何とも言えない表情で顔を見合わせている。


「当たりみたいだよ、兄様」

「マジか。マジかー……」


 癖なのだろうか。前髪を弄りながら天を仰ぎ。


「あんのクソ姉貴……たばかりやがったな……!」


 三橋有司は、人一人呪い殺せそうなほどの怨嗟を込めて呻いた。

 端々から、彼が体験してきたと思しき出来事の悲惨さというかしょうもなさが伝わってくる気がする。なんと深い恨みの籠った言葉だろう。


「畜生性格が悪すぎる。あんなのと血が繋がってるとか信じたくねぇぞ俺」

「ん。今だけは完全同意……!」


 呆気にとられる氷菓をよそに、舞花がこくこく頷いた。その金色の目に宿っているのは、有司のそれとは別種の怒りだろうか。なんというか……ライバル意識……?


「おいあんた、悪ぃ。やっぱ俺の負けでいいや」


 果てしなく投げやりな口調で告げると、構えを解く有司。なんとそのまま、彼は錆びつき槍をぽいと投げ捨ててしまった。無数のポリゴン片となって、姿を消す異端兵装。ただでさえ弱かった結びつきが解かれ、異端世界へと帰ってしまったのだ。

 それはつまり、戦闘の放棄、ということで。


「いくぞ舞花。クソ姉貴を一発ぶん殴る」

「最も鋭角的に突き刺さる角度の計算なら任せて」


 二人はくるりと氷菓に背を向けると、その困惑を置き去りにしてすたすたその場を立ち去ろうとする。


「ま、待ってください! どこに行くつもりですか?」


 追いすがる氷菓に、面倒くさそうに振り返る三橋兄妹。本当に面倒くさいらしい。酷い表情をしていた。


「どこ、って……理事長室だけど。あ、こっち方面じゃなかった?」

「何を言い出すかと思えばまた突拍子もないことを……無関係の人間を三橋理事長に……学園の最高責任者に会わせるわけがないじゃないですか! それがあなたのような不審者なら余計にです!」

「無関係じゃねぇし不審者でもねぇよ。れっきとした関係者だし、正規訪問だ」

「馬鹿なことを言わないでください。第一今日、理事長はアスタナトライ氏への応対で予定が立て込んで──」


 ふと、恐ろしい推測が脳裏をかすめる。


 三橋有司の強さは、とてもではないがレート0の異端騎士などというふざけた肩書からは想像できない高みにあるものだった。いや、戦略の一つ一つや、戦闘における立ち回りを考えるならば「弱くはない」と言った方が正しいように思えるが、それでも生半な異端騎士よりははるかに強い。 

 その根源を成すのは異端兵装への深い理解だ。氷菓の兵装のリーチや能力、己の兵装の性質や取るべき行動。有司は、それらを完璧に理解して動いていたのだ。

 まるで、すべての兵装が『自分のもの』であるかのように。


 そもそもだ。何故彼は、氷菓の言葉から「《第三最大異端》の来訪」などというイベントに行きついた? 確かに一学生があそこでレート9の名を出すのは不自然だったようにも思うが、逆に言えばそれだけだ。

 彼は最初から知っていたのではないか? 今日、神無月学園に、《第三最大異端》が訪れることになっている、という事実を。


 極めつけに。少年の名前はなんといったか。

 三橋有司。理事長と同じ苗字。今日やってくるはずの最大異端は、理事長と個人的に親しい間柄で――。


「まさか」

「その、なんだ。悪いけどそのまさかなんだわ」


 三橋有司は、ばつの悪そうな表情で。三橋舞花は、どこか誇らしげに。


「俺もなんかの間違いだと常々思ってるんだけどな……六年前の《大戦》の頃、俺は……いや、『俺たち』は一時期、《第三最大異端》バアル=アスタナトライ、って呼ばれてた」

「知っているなら話は早い。よろしく」


 告げる。

 その正統しんじつは、それまで考えたこともなかった、衝撃的なもので。


「え……え、ええぇぇぇぇええええ!?」


 吹雪がおさまり、ようやく戻った青空が、びりびりと震えた。

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