第4話
10日目
日曜だし天気もよかったので、桃太郎を誘って動物園へ行くことにした。といって、デートの真似事をしたかったわけではない。これには彼に発破をかける目的があった。
「まずは形から入ってみるのも大事だよ」電車の中でわたしは言った。
「形から、ねえ」あくび。頻繁に首を掻くものだから、スウェットの襟首が早くもだるだるになっている。そんな恰好で外に出るのはどうかとも思ったけど、わたしは別に彼の恋人でもなければ母親でもないので何も言わない。本人が平気なら、まあいいのだろう。「何の形?」
「桃太郎といえば、お供でしょ?」
「そうなの?」
「そうなの。で、犬と猿と雉を仲間にするわけだけど」
「ちょっと待って」と、桃太郎が遮ってくる。「なにその面子。おれ以外動物なの?」
「そうだよ」知らなかったのか?
「そうだよって……そうなのかあ」
「イヤなの?」
「イヤっつうか」また首を掻く。襟周りが伸びる。「おれだけ場違いな感じじゃん」
「でも、犬と猿は仲悪いっていうし、ヒトも犬も猿も哺乳類だから、むしろ場違いなのは雉だよ」
「んー」
結局彼の納得を得られないまま、動物園に着いた。
動物園は混んでいた。自分から言い出しておきながら何だけど、入場の列を見た時には来たことを後悔した。
でも収穫はあった。
「お供のことだけどさ」帰りの電車の中で、桃太郎が言った。「おれは虎、ゴリラ、雉がいいと思う」
「なに、やる気になったの?」
「あいつらとなら、鬼退治行ってもいいかもしれない」
「雉はそのままでいいの?」
「雉が一番かっこよかった」
それは何より。
身体を動かしたい、と桃太郎が言うので、一駅手前で降りて歩くことにした。
空は茜色だけど、陽はまだ沈んでいない。わたしたちは駅前のコンビニでビールとつまみを買い、河川敷に降りてベンチに座った。丁度、桃を拾った辺りだ。
野球用のグラウンドでは、小学生ぐらいの男の子と父親らしき人がキャッチボールをしていた。わたしはビールのロング缶を傾けながら、行ったり来たりしているボールや、夕日を受けてキラキラ輝く水面を眺めた。隣の桃太郎も、大体同じだったと思う。
「平和だ」つい声に出して言ってしまった。けど、言わずにはおけなかった。こんな平和な夕暮れ、次はいつ味わえるかわからない。出来るうちに謳歌しなければ。
「平和か」と、桃太郎もビールを呷る。喉を鳴らして飲んだかと思うと、小さくゲップしたりもする。「職探しはどうだ?」
「現実に戻すなよ」言いながらも、悪い気はしない。「不調だよ。全然ダメ」
「そうか」それだけ言って、彼はまた飲む。
「慰めてくれないのかよ」
「慰めてほしいのかよ。おれに慰められるって、結構アレだぞ。自分で言うのも何だけど」
「自覚はあるのか」
「そこまで無神経じゃないぞ、おれは」
「ヒモ太郎のくせに」わたしは言って、自分で笑う。
「それ、気に入ってるみたいだけど面白くないぞ」
そう言われても、わたしは笑い続ける。
「まあ、あれだな」と、桃太郎。「そのうちどうにかなるだろ」
「他人事だな」わたしはビールを飲んだ。
足元にボールが転がってきた。「すいませーん」とさっきの父親らしき人が手を上げていた。わたしはボールを拾い、そちらへ向けて投げた――つもりだった。
「あーあ」桃太郎が言いながら、腰を上げた。「どこ投げてんの」
彼は小走りで駆けて行った。ススキの繁る叢へ分け入っていく。
しばらくして、ボールだけが出てきた。わたしはそれを持ち主に届け、ベンチに戻った。桃太郎はそれから更に経ってから戻ってきた。
「何やってたの?」
「いい物を見つけた」
「いい物?」
すると桃太郎は顔を上気させながら、「船だ」
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