フライデー
金曜日。
仕事が終わり、そのまま私の家に直行する運びとなっていた。水野は定時で仕事を終わらせたが、予期せぬ差し込みのミーティングが入ってしまった関係で私は残業を余儀なくされてしまった。結局家に着いたのはいい時間。もう世話話挟まずともそういうことになる気配は十分にあった。
そして私は、午後から緊張度が徐々に上がり、今は謎のハイテンションになっていた。要は落ち着かない。
「とりあえず……シャワー浴びてくるけど……。飛鳥はお風呂派?」
「一緒に入るならお風呂が良いです」
「……私は1人で入る派だから」
前からそうだが、こういうのは恥ずかしいから恋人であっても躊躇してしまう。
しかも今日は初めてなんだぞ。今まで見せていないものを解き放つのは本番でやるべきであって「今」ではない。
「……」
水野は無言でじっとこちらを見ている。
「なんだよその目……1人で身を清める時間っていうのは必要なんだよ!」
「じゃあどうぞ、1人で身を清めて来てください。私も1人で身を清めますので」
クッ……オウム返ししやがって……。
水野は一緒に入りたかったのか?
もしそうなら……考えてやらんこともないが、それは今日ではない。今日は無理だ。
適当に寛いでて、と言い残してさっとシャワーを浴びた。
「次どーぞ」
「では」
水野がそそくさと浴室に行くのを見届けた。
……いよいよ、「その時間」が近づいている。
私は枕に顔面を押し当てて「うおおおお」と叫んだ。緊張している……最高潮に。やばい。
冷蔵庫からビールを取り出して、一気に飲んだ。
「酒まわれ、まわれ……シュッシュ!」
アルコールで緊張を紛らわすんだ、という思いを込めてサンドバックに拳を打ち込む。
何度かジャブ、クロスをヒットさせていくうちにじんわり身体が熱くなってきたところで、あることに気が付いた。
「せっかくシャワー浴びたのに汗かいちゃ意味ないじゃん!! ヴぉおおお!」
愛用している香水を首元に1プッシュ振りかけた。
だめだ、落ち着かん!
「あがりました」
そうこうしているうちに水野がシャワーを浴び終わってしまった。
「……おつかれ」
ベッドに腰掛けていた私。
首だけ動かして水野の方を見ると、下着姿だった。
きゅっと引き締まった綺麗なクビレに思わずその場で固まるっていると、どんどん距離を詰められて気が付いたら組み敷かれていた。
「うふふ」
「――んっ!!」
一瞬で唇を奪われる。
ふんわり香る自分ではない――女子力の高い香りが鼻腔を満たしたが、突然の事態に水野の鎖骨に手を当てて距離を取る。
「まっ……待って!」
このままだと間違いなくそういう流れになるのは感覚で分かった……今までの最速速度だ。
シャワーから出て何秒ですかこれ。
「……」
ばか整った顔に見つめられている。
「……電気を消して!」
部屋の入り口にあるスイッチを指さした。
「なんでですか」
「なんでって……恥ずかしいじゃんか!」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないから! 私が大丈夫じゃないの!」
「大丈夫だと思いますけどね」
こいつは何を言ってるんだ……。
どんだけ電気消したくないの?
だいたい今までの人はみんな素直に消してくれたぞ。女の子だったら恥ずかしいよね……? 水野は違うの?
「大丈夫じゃないって言ってるじゃんか! なに、飛鳥はいつもこんなバッチバチに光り輝く照明の下でやってんの??」
「よく見たいんです、はるちゃんのこと。電気を消したら見えないです」
「そんなん言われたら余計消したくなるわ!」
明るい中じゃムードもクソもないし、「見たい」という相手には余計見せたくないものだ。水野が私の電気消してという要求を飲まない限りは始めないぞ絶対。
「……あぁもう」
反動をつけてガバッと起き上がり、ベッドの横に足を垂らした。
「良いじゃないですか、合宿の時にもう裸は見てます」
後ろから抱きしめてられて、お腹に腕を回される。水野は私の首筋に何度かキスを落としながら甘い声で囁いた。
こういうことされるとぞわぞわしてしまう……。
「合宿ってバスケ部の時の?」
「はい」
もう何年前の話だと思って……。
当時お風呂は学年ごとに入る時間が管理されていたけど、水野とは何度か入れ替わりで会ったようなないような……。こっちは覚えてないのに水野はばっちり覚えているようで恥ずかしい。
「……あの時はピッチピチだったけど今は違いますんではい」
「そんなことないですよ、この前見た時はすごく綺麗でした」
Tシャツをめくられる。水野の指先が直に横っ腹を縦になぞった。
「ちょっ……んん、っ……くすぐったいって」
「やっぱり、ここ、弱いですよね。くすぐったいのは後に心地良くなる場所です。感度が良いんですよ。これからたっぷり……色んなところを開発していきましょうね」
――こいつ! なんなの!?
耳から全身に広がっていくゾクゾク。こんなこと囁かれて平気でいられるわけがない。顔から火が出そうだ。
首を横に捻って耳を死守する。
「はるちゃん、好き……」
「ん……ぁっ」
首を捻ったのを良いことに、そのままの体勢で口づけられた。言いなりになってやるものか、と心の中では思っているのにキスのあまりの心地よさに気がついたら水野のことを求めてしまっている。
僅かに開かれた唇から入ってくる水野の舌に自分のを重ねては、喘ぎにもならない息を鼻から漏らす。
「また飲みました……?」
「……飛鳥がシャワー出るまでの暇つぶし」
「はるちゃんのだけ飲みたいのに……口を開けて力抜いててください」
舌を唇で挟まれて、吸われながらも温かく包まれる感覚に、脳を麻痺させるような魅惑的な水音。水野の口の端からは、もはやどちらのものか分からない液体が滴っていた。
ホント、なんていやらしいんだろうか。
漏れた液体を舐めとるようにして口づけると水野は少し高めの曇った声を鼻から漏らした。
「私たち、キスの相性良いと思いませんか」
唇を離して見つめ合うと、水野はぽつんと言った。
「そう……だね」
波長が合うというか、私だってこんなの初めてだよ……。
でも水野、あんたがうまいだけだと思うよ。私は社交ダンスの女性役みたいにリードされるまま動いてるだけだし。
「んふふ……」
肩に手を置かれて後ろに力を込められた。後ろに倒れる上半身。
気がついたら天井には水野の顔。頬に手を添えられて再び唇が塞がれた。
「んっ……ちょっ……で、電気を消してください!!」
なんとか引き剥がして抵抗する。
このままさせてなるものか。電気だけは譲れない!
「……仕方ないですね。スイッチどこでしたっけ」
「そこだけど、リモコンあるからこれで消せる」
ベッドの上の方に設置されている棚に置かれたリモコンに手を伸ばして電気を消した。部屋は一気に真っ暗になった。
「……脱ぐね」
向かい合った。自分のTシャツに手をかける。
「だめです」
「え、なんで?」
「脱がしたいから……。Tシャツなんて着てるから最初からこういうのを狙ってたのかなって思ったんですけど違ったんですか?」
Tシャツに触れられた。
ゆっくり上に持ち上げられながらも水野の人差し指が擦れるか擦らないかくらいで肌に触れるので、くすぐったい。
「っ……」
「んっ……はぁ……」
その間何度も何度も口付けられ、気がついたら下着のまま仰向けになっていた。
「……」
なんなの。
結局こうなる運命なんですか。
「これも外してしまいますね。背中少し浮かせてくれますか?」
あっという間に外されてしまった。
「……飛鳥も」
「ふふ、じゃあこれ、外して……?」
「うん……」
手を水野の背中に回す。
人のこういうの、つけてあげたことはあるけど、外したことはない。真っ暗なのでよく見えないが、自分ので慣れていたこともあってすんなり外すことができた。
ゆっくりと、手の平で露わになった膨らみに触れる。
「はるちゃん……」
恥じらいを少し帯びたような声で呼ばれる名前。
「……めちゃめちゃ綺麗」
「真っ暗なのに分かるんですか」
「うん。手触りしっとりしてるし、形も綺麗なの分かるよ」
「このまま抱きしめてくれますか」
「……」
膨らみから手を離して細い体を優しく抱きしめた。ピタッと重なった。少し力を入れてしまえば壊してしまいそう。なのにしっかりそこには温もりがある。水野の背中の中心の窪んだラインを撫でた。心臓は大きく脈打っているが、性的な快楽とは違った特別な至福感に包まれている……。
なんなんだろう、この甘い時間。幸せだ……。
「あったかい……。ずっとこうしたかったです……」
「……うん」
水野は首の位置に顔を埋めてきた。
こういう時だけは後輩っぽくてかわいいのに。水野の頭の後ろに手を当てて何度か髪の毛を撫でてみる。
「私たち、体の相性も良いと思います。抱きしめれば、分かるんです」
確かにフィットする感じはする。
心地が良くて安心する。
でも……。
「……私、男の人とは違うでしょ。飛鳥はそれでも良かったの?」
男性経験豊富な水野が私とやって、やっぱり自分は女性だと満足できない、と思われてしまうことが怖かった。
今こうして抱き合って分かる。やっぱり水野は「女性」だ。私はこうして好きな相手と布切れを挟まずに触れ合えることができるというのは素直に嬉しいと思う。でも、水野はどうだろう。不安になる。
「はるちゃんしか嫌……。はるちゃんはどうですか、私じゃ嫌ですか?」
水野は耳の下のフェイスラインにキスをして言った。
その言葉を聞いて安心した。
私だって男の方が良かったなんて思わない。水野だから良いんだ。
「ううん、飛鳥が良い。好きだよ」
「キス、ください」
唇が触れ合う寸前の距離で水野が言った。
なんだこの愛おしい生き物。……好きだ。
首に手を伸ばして優しくこちらに引きつけた。
「うん……ん……っ」
お互いの体温を全身に感じながらのキスは、幸福感をもたらすだけでなく、敏感な部分をより硬直させる。
「ここ、反応してる……かわいい」
甘美な気分でのキスに新たな刺激が加わったと思ったら水野の手が忍び込んでいた。
「いぁっ……待って……」
「だめですか……」
「……まだ、早くない……?」
そこはまだ早い気がする。
もう少しこうやっていちゃいちゃしてても……。
「そうでしょうか?」
「……」
私がおかしいの?
だいたいこういうのって上から下に行くものだと思うけど、さっきの流れからしてまだじゃない……?
「焦らされたかったんですか」
「は!? そういうわけじゃない……けど……あっ」
「さんざん私のこと、焦らしたくせに」
「っ……!」
もう手遅れだった。
完全に水野の手によって捉えられている。
「はるちゃんは焦らされるのが好きなんですね。分かりました。でもそれは次の機会に。でも今日は無理です。もう我慢できない……」
「んぁっ……ん……」
ビクンと身体が反応する。
結局……。
巧妙に動くもの――水野の手管によって頭が真っ白になり、一方的に何度も昇天させられてしまった。1回の夜に果たしてここまで回数を積み重ねたことが今まであっただろうか……いや、ない。タチをやるとずっと胸に決めていた。どうやって攻めてようかある程度シミュレーションはできていた。でもそれを実行する暇を全く与えてくれなかった……。
私は疲れ切ってグッタリしていた。体は汗でベトベトになっている。きっとさっきつけた香水も全部流れ落ちたか舐めとられたかだ。
賢者モードになって、水野に背を向けて呼吸を落ち着かせた。
「ねぇ、はるちゃん。私のことを考えて1人でしたことありますか」
後ろで甘えたような声がする。
そんなこと……聞くなよ。
「……さぁ」
「私はいつもはるちゃんのこと考えてしてますよ」
以前にも似たようなことは言われたことあるけど、そういうこと直接言われると痒くなるからやめて欲しい。
「……」
無言でいると後ろからぎゅっと抱きつかれた。水野からは未だに良い匂いがする。汗だくになったのは結局私だけかよ。……悔しい。
「私だけのことを考えて欲しいんです。もっと私を求めて欲しいんです、名前を呼んで欲しい、好きって言って欲しい……。はるちゃんにとって……今日のことは忘れられないような思い出になってもらいたい……。だから愛して、愛して、愛して……次も私を求めてくれるように」
耳の外側を舌先でなぞられたかと思うと、耳たぶを口に含まれる。
「んぃっ――!」
「耳も弱いですよね。あぁ……どうしてそんなにかわいいんですか……大好きですよ」
水野の手が片手が胸に、そしてもう片手が下半身に伸びて来た。
「待って、もうさすがにやりすぎだって。シーツこんなだし……もうシャワー浴びて寝ようよ」
さすがにもう体力が持たない。
水野に何かされると身体が反応してしまうのは分かっている、でももうこれ以上は厳しい。もう私は現役の運動部ではないのだ。干からびてしまう。
「私は気にしませんが……。むしろ……はるちゃんから出た愛おしいものに染まったこれを全身に巻きつけて――」
「これ以上はやめて!? そういう言葉責めやめて!?」
「しょうがないですね。じゃあバスタオルを敷いて、しましょうか」
「は、え……? いや、そういう問題じゃないから。もう無理だって!」
「無理……? 無理かどうかはやってみてから判断しましょう?」
「うっ……ぁぁあ!」
結局、キヨさんのアドバイスが役に立つことなんてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます