第49話 じゃじゃ馬ならし

「ねえ、繭ちゃん、振り向いたり、変な動き、しないでね」

 アイスティーにシロップを落としながら、エミリーが微笑わらった。

(え?)

「繭ちゃんの後ろの入り口近く。フローラお姉ちゃんが変装して来てるの」

 -ウソ⁉︎-

 囁くように、唇だけ動かした繭に、

「マジ」

 エミリーは、まるで何か、楽しそうな会話の途中、のように身振り手振りを大きくして、首をかしげて笑った。繭もそれに合わせ、相槌を打つように笑顔で頷いた。




(すっごい盛り上がってる)

 繭の表情は見えないけど。エミリーのあの様子だと、繭もかなり楽しんでいるみたいだ…。

 カラカラと、ストローでアイスコーヒーをかき回す。

(私には、いっつも困った表情しか見せないのに)

 フローラは俯いた。

 苛立ちよりも、悲しみの方が大きかった。


(好きって言ってくれなくても)

 せめて私に微笑わらいかけて欲しい。

 あんな猫目の繭の目尻が下がると、可愛くて可愛くて胸の奥に息を吹きかけられたように、きゅんってなる。


(でも)

 それを私はまだ近くで見た事がないんだ。


 フローラはしおれた菜っ葉の様になった。




「めっちゃヘコんでる」

 ストローにくちをつけていたエミリーが、ストローを離した。

「何で?」

 要領を得た繭も、ストローでアイスティーをかき混ぜながら小声で尋ねた。

「決まってんじゃん、うちらが楽しそうだからだよ」

 内容とは裏腹に、エミリーの表情はどんどん明るくなってゆく。

「髪、触るよ」

「え? ああ、うん」

「髪、サラッサラー、超きれー」

 エミリーは、繭のサイドの髪を指で挟むと、何度も指の間から流してみせた。そして、きゃあきゃあ声をたててはしゃいだ。

「今って……、どんな感じなの?」

「え? ああ、今度は鬼瓦みたいになってるよ」

「………」


 -ガタン-


 おもむろに、繭が立ち上がった。

「動かないでね」

「……へ?」

 エミリーの唇に自分の親指をあてると、繭はゆっくりと唇を自分の指に重ねていった。

「——‼︎」

 けたたましいほどの足音が二人に近づいて来た。


「ねえ‼︎」

 フローラは、怒りで震えた姿を隠そうともせず、仁王立ちになった。

「エミリーのこと、好きなわけ⁉︎」

「わ……お、お姉ちゃん…」

「だったら?」

 繭が、フローラに向き直った。


「だったら?」

 フローラが繭の言葉を繰り返した。

「そう。だったら何? 妹さんとつき合わせて下さいって、お姉さんにいちいち許可をとらなきゃいけないわけ? あなたに私の恋愛をとやかく言われる筋合いはないと思うけど!」

「………」

 フローラは、繭の剣幕に一瞬たじろいだ。

 けれどすぐ、顔を上げて一歩繭に歩み寄った。


「つじつまが合わないの、わかってる。でも、お願いだから怒らないで! 困った表情かおもしないで! つき合ってくれなくてもいいから! 私のこと好きじゃなくてもいいから! だから……だから……」


 店中の人々の視線がフローラに集まったとき。

 彼女は繭を真っ直ぐに見つめて叫んだ。


「私にも微笑わらいかけて欲しいの! ただそれだけなの‼︎」



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