第47話 夢ならば

 -すみれ寮-


 -ガツガツガツ-

「最近ももちゃん、よく食べるねェ」

 番茶を飲みながら、万副さんが花に言った。

「ええ、それに、とっても元気なの」

 花の言葉が終わらぬうちに、

 -ダダダダッ-

 新もも(シロ)は、家中を駆けすぎてゆく。


 -ズズッ-

(まあね。違うネコだから。ももより若いしね)

 紅茶をすすりながら、マシューが二人の会話を静かに聞いていた。

(繭…元気かなぁ…)


 人間で失恋して。

 猫では飼い主が自分を選んでくれなくて。

(同じ人に二度、フラれてるんだよね…)

 その時。

 -ピロォン-

 ケータイが鳴った。



「あー、すみれ、久しぶり」

 玄関で、繭が腕をしなやかにYの字に伸ばした。

「あ、城咲さん、お帰りなさい」

「繭ちゃん、久しぶりね」

 花と、万副さんも玄関まで出迎えた。

「うん、ただいま…っていっても今日だけだけど」

「後で繭ちゃんの好きなおまんじゅう、蒸かしたてで持って行ってあげるからね」

「ありがとう万副さん」


 万副さんに笑顔を向けながら、花の指に光る指輪に気づいて、繭は思わず引きつった笑顔になっていった。

(指輪…? 装飾品嫌いだった……よね…)

 立ち尽くす繭の手を、

「ほら、行こ」

 マシューが取って、自分の部屋に誘った。

「う、うん」

 繭は頷いて、まるで借りてきた猫のようにおずおずとマシューについていった。



「えっウソ! フローラとエミリーのこと、何で知ってるの⁉︎」

「前にA棟に居たって言ってた時あったでしょ? あれ、ウソじゃないけど一階の保健室に居たんだよ」

 まんじゅうに手を伸ばしながら、マシューが語った。

「何で?」

「二年の主任の先生に言われて、留学生達のクラス回ってたの。で、エミリーのクラスにも行ったら、エミリーが具合悪いって言い出して。念の為、保健室連れて行ったけど、まあ、結局大丈夫だったんだけどさー」

 マシューがハフハフまんじゅうを食べつつ、目を細めた。

「エミリーね、ベッドに横になったら、すぐにスヤスヤ寝ちゃったのね。だからカーテン閉めて帰ろうとしたの。養護の先生も居たし。でもさ、何か違和感があって振り返ったらさ、ネコになってたんだよ、エミリー」

「えっ⁉︎」

「だからその時、ピンときたの。フローラが姉っていうんだし、ああ、そうかって。桐島さんトコで引き取ったのも二匹のネコだったしね」

「そっ、そっか…」


「あと、私、おぼえてるから。星香は繭と先生がつき合ってたの忘れたみたいだけど、私は大丈夫、おぼえてるよ」

「な、何でっ」

 繭は手のひらのまんじゅうを、思わず落としかけた。

「そのあと、エミリーに本とかいろいろ借りてさ、めっちゃ勉強したの。エミリーは『きっと無理だよ』って言ってたけどね、どうにか忘れない方法を取得した。だから……、だから、繭が先生の恋人だったこと、私、全部おぼえてるからね。繭が今、一つの恋を終えたばかりなの、相手がその記憶を無くしてて、繭がせつないのも、全部全部私は、おぼえてるから!」

「…うぅっ…」

 繭は言葉にならない声で呻いた。


「つらかったね、繭」

 マシューが繭を包むように抱きしめた。


 その時。

 -バンッ!-

 マシューの部屋のドアが勢い良く開かれた。

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