第44話 想い出がニャっぱい

「ごめんなさい、私、城咲さんに伝え忘れてて。真中さん今、留学生達のお別れ会の方へ行ってもらってるの。だから、後日また改めて登校してもらえるかしら?」

「あ、そーなんだ。いいよ、大丈夫」

 頷きながら、繭は花から視線をそらす事が出来なかった。

(先生……すごい綺麗……)

 表情や容姿もさることながら、内面の充実した恋のあれこれが、花を輝かせ息づかせて、全身を美しく染め上げている様だった。


(そっか)

 繭は頷いた。

 私は花ちゃんを『世界で一番幸せにしてあげる!』って考えていたんだ。


 そうか。今、花ちゃんは、こんなにも幸せになったんだね。


 私では出来なかった。

 でも。

 幸せになれた。


「良かった」


 言葉にしたら、涙が一粒、ぽろりとこぼれた。


「城咲さん、どうしたのっ?」

 花が慌てて繭に駆け寄った。

「ううん、何でもない。目にゴミが入ったみたい。でも、もう大丈夫」

「そ、そう…」

「うん、大丈夫」

 繭は大きく頷いた。





 -ローズの家-


「ねえ、おばちゃん。もう一杯ミルク飲んでいい?」

 エミリーが猫なで声で甘えた。

「ハイハイ、いいですよ。王女様もいかが?」

「その呼び方はしないでって言ってるでしょ」

「ハイハイ、そうでした」


 立ち上がったおばちゃんこと、は、ミルクと一緒にクッキーを差し出した。

「ねえ、おばちゃんも猫ってホント?」

 足をぶらぶらさせながら、エミリーが出し抜けに尋ねた。

「さー、どうかしらねー。まあ、姉は完全に人間だけれど。私はどうだったかしら?」

「さ、エミリー、それ飲んだら帰るのよ。送ってくから」

「いいよ。子供じゃないし」


 ずずっと、二杯目のミルクを美味しそうにエミリーはすすった。

(お姉ちゃん何かそわそわしてる…。ももちゃんが来るんだ、きっと…)





 -数時間後-


「まだいいじゃない。今日は特別に夕方までももにしてもらったんでしょ…」

 立ち上がろうとしたももを、ローズの肢が掻き寄せた。ももの背とローズの胸が、とん、と重なる。

 気だるい恋のうずきが、二人の全身にまだ残っていた。


「じゃあ、あとちょっとだけ…」

 そう言うと、振り返ったももは、子猫の様な仕草でローズの脇に顔を突っ込んだ。そして、そろそろとずり下がり、

 -チュウ-

 ローズの乳首の一つを、音をたてて吸った。

「わっ何? くすぐったい」

 ローズが上身をよじって、ももを見た。


「何、何? どうしたの、ももちゃん」

 返答こたえる代わりに、ももは乳首を離すと、

 -モミッ-

 離した乳首の辺りを肉球で押した。

 そしてローズを見上げて、

「エヘヘ」

 照れたように笑った。

「………」





「ん……あれ…」

 目を覚ますと、床の上に横たわっていた。

(あ、そっか、あれから寝ちゃったのか…)

 まだ寝ぼけまなこで部屋中を見回す。

 ローズの家だということに気づくのに、それなりの刻を必要とした。


 ぼんやりとした視界の先に、スラッと長い繭の時の脚が見えた。

「わっ、何で? ウソウソッ」

 自分が人間に戻り、裸なのに気づいた繭は大騒ぎして、自分の上に掛けられていたシーツを引っ張った。

 シーツは何かに引っかかり、それ以上動かない。


(ま、まさか…)

 おそるおそる、振り返って覗き込んだ。

「わー、やっぱりー!」

 そこには、一糸纏わぬ生まれたままの姿のフローラが、丸まってスヤスヤと眠っていた。

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