第43話 贈る言ニャ

「行っちゃったね、先生」

 沈黙を破って、フローラが口を開いた。


「ねえ、どういうこと⁉︎」

 マシューが、フローラに向き直った。

「どういうって、こういうこと」

 フローラは腕を伸ばすと、ももをマシューから取り上げる様にして、自分の胸に抱いた。

(へ?)

「エッ、ちょっと!」

 マシューが取り返そうとした。

 それを、体をひねって、フローラがきらった。

「自分のネコか、他所よそのネコかわからないなんて、そんな恋に狂った女に、私の大事なももちゃんを渡せないわっ、絶対、渡せないっ‼︎」


『………』



「………ゴメンなさい。言い過ぎたわ」

 フローラは、ももを優しく抱き直した。


「ああ言ったけど、先生が悪い人じゃないのはわかってるの。シロちゃんは迷いネコでね、救け出される前にいた、あの劣悪業者の施設しか知らないの。だから、先生がシロちゃんを選ぶなら、それはそれでいいと思ったのよ。ただのネコとして可愛がってくれるなら…」


「………」

 力無く、マシューは腕を下げた。

「決めるのは、ももちゃんだし……。でも今はもう一度、きちんと冷静に考えて欲しいの」

「ニャア……(うん……)」

 フローラの腕の中で、ももが鳴いた。

「どうする? 明日学校だけど。もう一晩、うちに泊まってもいいよ」

「ニャー(ううん、実家から行くよ)」

「じゃ、私がまた送るわ」

 フローラが、停めてあったタクシーに歩み出した。


 マシューはもう、言葉をかけることはしなかった。




 次の日。

 終業式を終え、クラスに戻った繭に、

「繭、ちょっと…」

 星香が恥ずかしそうに制服の袖を引いた。

「ん? どしたの?」

「ちょっと…」

 同じような言葉を繰り返して、廊下の隅に繭を促した。


「何?」

「うん…」

 二人きりになっても、星香はなかなか話を切り出せず、上履きの先を見つめ続けている。

 やがて、切り出したのは繭だった。

「もしかして…、かすみのこと?」

「えっ⁉︎」


 星香は繭が思った以上に驚いて、繭を見つめた。

「エッ、エッ、何で?」

「いや……なんか、かなって」

「そ、そう、そうなんだ。そうか」

 星香は、呟くように首を上下させて、

「いや…うん…」

 口籠もった後、

「いや、うん、そう」

 繭を見て、そしてぺこりと頭を下げた。


「ゴメン、繭。私、かすみのことが好きになっちゃったの! 繭を振り向かせるなんて言っておいて、本当何やってんだってカンジなんだけど…。本当に、本当にゴメンナサイ!」

 言っている間、さらに星香は頭を深く下げた。


「………」

 しばらく繭は、星香の後頭部を見つめていたけれど。

 やがて、

「何言ってんの! 誰かを好きになるのなんて、理屈でどうこうなるものじゃないじゃん」

「え?」

 ゆっくり顔を上げた星香を、

「星香は、私よりかすみの方をもっともっと好きになったんだよ、きっと。私達親友でしょ? それを喜ばないはずないじゃない」

 言葉とともに、繭は星香を抱きしめた。

「ま…、繭……」

 甘えるように、星香も繭にぽすんと体を預けていった。





 -生徒会室-


(マシュー、おっそいなー)

 両手を頭の後ろに組んで、会長席で背もたれを肩で押すようにしてドアを見つめていた。


 -トントン-


「はい」

「城咲さん、ごめんなさい。伝え忘れちゃって」

(城咲さん……)


 入室して来たのは、花だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る