第40話 ニャン YOU CELEBRATE?

 何で?

 何て言ったの?

 え? エッ?


 トタン屋根の上のももがパニックになっていると、白い、けれど細くて美しい腕が伸びてきて、

「先生、繭ちゃん好きだった事、忘れちゃったのよ」

 優しい声とともに、ももはふわりと抱き上げられた。

「ニャッ⁉︎」


 振り返ったももが、見上げた先の笑顔は、花でもマシューでもなく。

 金色の髪を夜風に舞わせた、フローラだった。


「ニャー!(ど、どうしてフローラがっ!)」

「ももちゃん、鈍感なんだもの。いかにもってカンジでしょ? 金髪の美少女留学生から、キスを奪われるなんて。ま、奪ったのは繭の時だけど」

「ニャ…、ニャー……(まさか…、まさか……)」

 ももが言葉を震わせた。

「そ。私、ローズよ」

 フローラが言ったその時。

 花と茂子は、手を繋いで立ち上がった。



「………」

 茫然として、ももは、その様子を見守るしかなかった。

「ニャア……(私を好きだった事、先生忘れちゃったの?)」

「…そうね」

「ニャー(つき合ってたことも?)」

「そうね」

「ニャニャー(初めてキスしたことも?)」

「そうね。今夜二人の間のキスが、先生の人生で初めてのキスだって記憶されて思い出になるわね、きっと」

「………」

「ももちゃん、王様から人間になるとき、聞いたと思うの。先生と、もしも結ばれないなら、相手は繭に恋をして愛していた事を全部忘れてしまうよって」


(聞いた…気がする…)

 そう、王様からも、バースだってあの時私に言いかけた。

 私は過信していたのだ。

 先生が……、花ちゃんが私を選ばないなんてありっこないって。


「ニャア…」

 力無く、ももは鳴いた。


(ああ、そうか)

 先生も今日、あの腕のなかで鳴くのだ…。





 -恋志荘(茂子のアパート)-


「あぁっ……」

 花が上身からだをぴくんと跳ね上げた。

「痛い?」

「ううん、大丈夫…。び、びっくりしただけ…」

「ふふ、コメツキムシみたい」

 茂子が笑った。

「田舎にいたでしょ、昔」

 舌を這わせながら、茂子は続けた。

「……あ……」

(い、今…そ…、そこをそうしている…のに…)

 声も無い花に、

「あはっ、今度は子馬みたい。足、プルプルしてる」

 茂子がまた声をあげた。

(こ…こんなに明るく…楽しく…するもの…なの……)

 ふと、そんなことが花の脳裏をよぎった時だった。


 急に、茂子の動きが止まった。

「エッ?」

 顔を上げて覗き見た、花と目が合った。

「私、お花のこと、幸せにするから。必ず、幸せにしてあげる」

 花の目を見つめて、茂子は言った。

「あ、ありがと…お茂…」

「じゃ、続きー」

 茂子の舌が、再び妖しく激しくうごめき出した。




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