第39話 まちニャいさがし

 買い物袋を玄関に置くと。

 誰もいないすみれ寮のあがりがまちで、花は靴を履いたまま、大の字になって仰向けになった。


生徒こども達がいる時には絶対に出来ない姿ね)

 くすっと、花は笑った。


 茂子の言葉は、プロポーズに等しかった。

(昔なら考えもしなかった)

 茂子が私に恋愛感情を抱くなんて。


 でも。

 若い頃は、心の底から望んでいた。

 まるで、夢を見るかのように。

 空想の中だけの恋人だった。


 私は、今。

 誰を一番想っているんだろう…。




「ん、んんー」

 花は、ゆっくり目を覚ました。

「……エッ!」

 目の前に、繭がいた。

 花と同じように、靴も脱がずに横臥して、こっちを向いて微笑わらっていた。


「ど、どうして繭ちゃんがっ」

「お父さんと散歩してたの。したら朝食のパン買って来てってお母さんに頼まれたから、少し遠回りしてこっちのコンビニ来たの。で、寮の前通ったら玄関少し開いてたから」

 繭は、ゆったりと一度、睫毛を上下させた。

「そ、そう…」

(やだ。あたし、あのまま寝ちゃったんだわ)

 繭の視線を避けるように、体ごとグリッと花は反対を向いた。


「……先生、ごめんね」

 その背へ、繭が言葉をかけた。

「え⁉︎」

 慌てて振り向いた花に、

「私が未成年こどもでごめん」

 繭が真っ直ぐ花を見つめて言葉を続けた。


「そ、そんなのっ」

 花は両手を伸ばして、繭を抱きしめて自分の胸へと引き寄せた。

「何言ってんの! 先に好きになったのは私なんだから! 謝らないで! それに、私も謝らないわ! 繭ちゃんを好きになったこと、私絶対に謝らないから!」


(…好きになったこと…)


 どっちなんだろう。

 今も続いているのか…。

 過去の事なのか…。


 花の腕の中で、繭はただ、この言葉の意味を考えていた。


 それでも。


 ゆっくり体が離れた後。

「私、先生が大好き。先生といると幸せな気持ちになるの。だから、ずっとずっと一緒にいたい。先生と、ずっとずっと、一緒に……」

 花の目を見つめて、繭は、今の自分が出来る、精一杯を伝えた。


 でも。

 繭が伝えられたのは、この言葉一つだけだった。





 -その夜 屋台-


「急に呼び出されたから、びっくりした」

 花の姿を見て、茂子が立ち上がった。

「ふつー、ゆっくり考えるって、一、二週間は考えない? 男女間なら結婚して欲しいって言ってんのと同じなんだよ」

「そうなんだけど…。寮に生徒こども達も猫もいないの今だけだし……。だから、ゆっくり考えられたのよ、むしろ」

 花はそう言って、いつものワイン樽の上に、ちょこんと座った。

「そう。まあ、いいよ。私も変なキンチョーから解放されるしね。じゃ、答え、聞かせてよ」

 茂子が花に向き合った。



 マジか。答え決めんの、早くね?

 いや、やるだけは、やった。

 後はただ。

 花ちゃんを信じるだけだ。



 トタン屋根の上で、ももが小さな胸をドキドキさせていた。

 胸の前で肉球を合わせて、祈るような気持ちで眼下の花を見つめる。


 やがて、花の唇がゆっくりと動いた。

「私ね……私、お茂のことが好きみたい。これからの人生、お茂と生きていきたい。だって、ずっとずっと好きだったんだもの。………でも」

「でも?」


(エェッ⁉︎)


「今の恋人にきちんとお別れをしてからにして欲しいの……」

 花が、そこまで語った時だった。


 一瞬。


 なぜか、鈴の音がして。

 花が俯いて、そして、静かに顔を上げた。


(え⁉︎ 何? どした?)


 トタン屋根の上のももが、固唾を飲んで見つめる中。


「あれっ、あ、そうよね、私、つき合ってる人なんていないんだもの。別れるも何もないわね」

 屈託の無い声と表情かおで、はじける様に花が笑った。


(えっ⁉︎ ハイ⁉︎ えっ⁉︎)






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