第三章

第36話 あニャたが欲しい

 -屋台-


「ゴメン、猫預けに行ってて遅くなっちゃった」

 花が茂子の前で腰をかがめて肩を上下させた。

「いいよ。私もまだ飲んでないし」

「えっ、飲んでないの?」

「まあね。これは水」

 グラスを傾けて茂子が笑った。


 花はいつものように、茂子の横に座った。そして壁に貼られたメニューと、手元に置かれたメニュー表にかわるがわる視線をやっていた。

 そんな花の横顔を見ながら、

「ねえ、お花は今、つき合ってるコ、いたよね?」

「え? ええ、そうね」

「でも、将来とかまで約束してたりしてるわけじゃないんでしょ」

「そりゃあ…、だって、未成年だし…」

「じゃあさ、私が将来も老後も、全部ひっくるめてつき合ってって言ったらどうする?」

「まずはビールと枝豆だよね、お茂も……」


 花はそこまで言ってから、何かに気づいたように動きを止めた。

「……え?」

「私、お花のこと友だち以上に思ってる。学生時代、お花の気持ち知ってて、知ってたのに気づかないふりしてた私が、今更って思うでしょ。でも、今はお花のこと、自分の人生の最後のパートナーにしたいって思ってるの」

「お茂…え、ウソ…、気づいてたの…?」

「気づいてた。ゴメン」

「そ、そうなの……、そう…」

 花が下を向いて、口ごもった。


「とりあえず、酔った勢いで言うとか嫌だったから。あやふやになるのも、冗談にされるのも」

 茂子は体ごと花の方へ向き直った。

「私、お花が好き。残りの人生、お花と穏やかに楽しく生きていきたいの!」



 言っちゃったよ。

 ついにこの人、言っちゃった。

 心配して来てみたら案の定やんけ。


 屋根の上で、ももが頭を抱えていた。


 そうだよね。

 ドラマだって絶対こうなるパターンなんだ。

 よりによって今、私、ネコだし。どうにもならない。

 花ちゃんは、何て返事こたえるんだろ。


 目と耳を、眼下の花の一身に集中させた。


「い、いきなりで、ちょっと…」

「まあ、そうだよね」

 茂子は笑った。

「でも……、お茂を責めるつもりじゃないけど、付き合わないけど友だちとして時々こうしてっていうのは、やめておくわ」

「うん、お花ならそう言うと思ってた」

「私………、お茂のこと、憧れてた。ずっとずっと。だからあの頃は、親友だってだけでも嬉しくて、誇らしい気持ちで……」


 そう。

 再会してから、あの頃の気持ちが、ふと頭をもたげるように心の片隅に現れるのを、花自身も気づいていた。気づいていて、気づかないふりをしていたのだ。


(私も、お茂と同じ…)

 花は頷いて、茂子に目をやった。

「ちゃんと考える。ちゃんと……、ちゃんと考えるわ、私」

「うん、ありがと」

 茂子は花の頭に手を置いて、優しく撫ぜた。



(うわぁーん)


 トタン屋根の上で、ももが悶絶してのたうちまわっていた。


 どうしよう。

 どうしよう、花ちゃんを取られちゃう!


 いや、まだだ。

 きっと、この三日間が勝負だ。

 人間まゆの姿で。

 繭の姿でもう一度………。

 よし!


 ももは、立ち上がった。



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