第35話 TO BE

「繭のこと、一目見て好きになったの! 私の彼女になって!」

「い、いやでも、私、つき合ってる人がいるの。だから、フローラとは…」

 繭が断ろうとすると、フローラは勢いよく立ち上がり、両手で耳を塞ぎ、

「キコエナイ! バイバイ!」

 そう言って、放送室を飛び出した。

「えっウソ、ちょっと待っ…」

 立ち上がった繭が、戸口まで追いかけた時、

「バッカ、繭!」


 フローラと入れ替わるように飛び込んで来たのは、マシューだった。

「マイク、入ってっから!」

 そう言って、慌てて右端のスイッチを上げた。

「えっ、マジでっ⁉︎」

「大丈夫。A棟の一ヶ所だけだったから、セーフ」

「肘でもぶつけたのかなぁ、さっき。…で、何でマシュー、A棟なんかに居たの? あそこ一年生のトコじゃないの?」

「ヤボなこと聞かないの」

 マシューは微笑わらって、繭の頰を突っついた。

「もぉー、ねねから私達、頼まれてるのにー」

「まあ、いいじゃん。繭だって、フローラ? あの留学生に気に入られて、まんざらでもないんでしょ」

「………」

「素直だねー」


「ねー、どうしよう」

「さあー。ゆっくり考えたら? どっち選んでも美人なんだから」

「何それ」

「いーじゃーん、フローラかぁー。金髪だし、肌なんて雪のように白いし」

「ねー、私の話、聞いてる⁉︎」

「聞いてたよぉー」


 繭の後ろへ周ると、マシューはゆっくりと腕をまわして、繭を抱きしめた。

「私もオクトパスさん、繭に食べさせて貰いたかったぁー」

「もぉー、それじゃないからー」




 期末テストが終わると、三日間のテスト休みに入った。繭とマシューは、終業式まで、実家に戻る事になった。


(あれから、ちゃんと、花ちゃんと話してないんだよなぁー)

 部屋で荷物をまとめながら、少し開いたドアから、頬杖ほおづえをついてテレビを観ている花に視線を送った。

(ももの時は、あんなに甘えられるのに)

 何で人間になると、こんなに遠いんだろう。

 繭は鞄に、ジャージを雑に押し込み、花の元へと駆け寄った。


「ねえ、先生」

「ん? 仕度出来た?」

 花が目を上げると。

 繭は、両手で花の顔を包み込んだ。そして、自分の方へ引き寄せると、

(あっ)

 花の唇を覆うようにキスをした。

 さらに、驚く花の、その唇の奥へと舌をかき分けていった。

「ん…んんっ」

 少しだけ花が、くぐもった声を上げた。

 花の舌を、繭の舌が抱きしめた。何度も何度も、抱きしめた。


 やがて繭は唇を開いて、花から離れると、

「……私が好きなのは、花ちゃんだから」

 鞄を持ち直して、肩にかけた。

「花ちゃんなんだから」

 そう言って。

「居るんでしょ。行くよ、マシュー」

「へーい」

 マシューがひょっこり繭の後につづく。


 足先で、靴を探りながら、

「さっき言ったの、本当だから。私、花ちゃんが好きなの」

 背中を向けたまま、繭が言った。

 花は赤くなりながら、何か言葉を探しているようだった。


 そして、長い沈黙の後、

「私も…、繭ちゃんのこと、とっても大切に思っているの。だから…、だから…。きっと同じ気持ちね」

 小さな声でそう言った。


「じゃ、二人とも気をつけてね」

 花の言葉に、二人は振り返って頷いた。

 そして、

『行って来まーす』

 元気良くドアを出た。


 夏の風が、二人の間を駆け抜けていった。

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