第34話 こっちを向いてよハニー

 -放送室-


 正規の放送委員の、ねねが留学先に旅立つと、その穴の補填ほてんにマシューが入り、昼の放送は繭一人が受け持つことになった。

「…OK」

 曲が流れ出すと、繭もやっと一息ついた。


「…いただきます」

 静かにお弁当のフタを開けた。

 箸でタコウインナーを掴んだ時だった。

「それ、何?」

「わっ」

 繭はキャスターを滑らせ、危うく転倒しかけた。

「フ、フローラ!」

 ふさふさの金髪をかしげて、彼女は、

「それ」

 なおも問いかけるのを、止めなかった。

 それでいて、微笑みも絶やさず、あんなに大きな瞳を今は三日月のように細めて、繭を見つめていた。

「タ、タコさんウインナー…」

「タコさん?」

「そう。ええと…オクトパスさん…かな」

「ああ、わかった」

 彼女は大きく頷いた。


「……フローラ、お昼食べてないの?」

「食べた」

「あ、そう」

(見つめられるとなァー。それに、まだ解決してないコトいっぱいあるのに…」

 掴んだままのタコウインナーを、もう一度お弁当に戻した。

「………」

「………」


(いやいやいや…)


「食べ…る?」

 繭はもう一度、タコウインナーを掴んで持ち上げた。

「うん、食べる!」

 フローラはそう言うと、空いていた椅子に座り、繭の方を向いてツバメのヒナのように口を開けた。

(えっ)

 ウソでしょ?

 彼女は完全に繭に食べさせて貰う気で待っていた。そしてそこには、1ミリの疑問も無いようだった。


「あ…じゃあ…」

 意を決したように、タコウインナーをまるで親鳥の如く、繭はヒナの口へと運んで食べさせた。

 フローラの、ピンクに色づいた唇が合わさった。

「どお?」

「うん、美味しい!」

「そう、…良かった」

 繭は微笑わらった。

「帰る、教室」

 タコウインナーを食べると、満足したのか、フローラはおもむろに立ち上がった。

「あ、うん」

 ほっとしたように、繭は箸を置き、フローラを見つめた。


 けれど、戸口まで進んだフローラは、取手に手をかけたまま、なぜかそこで俯いた。

「繭、イヤだった?」

「え?」

「私とキスしたの」

 くるっと、彼女は振り返った。

「イヤ? 私のこと。キライ?」

「き、嫌いじゃないよ」

「じゃあ、好き?」

「えっ、だって…、ほらまだ、その、会ったばっかりだし…」

「じゃあ好き?」

「そうだね、好き…かな」

「ライク? ラブ? どっち?」

(詰めが……)


 気づいたら。

 フローラはもう一度、椅子に座って繭を見つめていて、そしてさっきよりももっとずっと繭の近くに、膝すら付きそうな距離でそこに居た。

「繭」

「はい」

「私とつき合って! 私、繭が大好きなの‼︎」

「ええっ」

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