第33話 ニャいのうた

(今日が土曜日で良かった)

 繭は実家に帰り、ベッドに横になった。

 時計は8時58分を指していた。

「頭…、ぐっちゃぐちゃ…」

 呟いた。

 瞳を閉じると、あの光景が瞼にありありと映し出された。

(何度…)

 何度、私はあれから瞼を閉じたのだろう。

 そんな事を考えるともなしに考えていた。

 その時。

「ニャー」


「えっ」

 ぱっと、飛び起きた。

 窓に手をかける。

 窓が全開に開かれた時、繭からももに変わっていた。

 そして。

 ももが見つめる先には。


 ももの愛しくて、大好きで大好きで仕方がなくて、ずっとずっと会いたかったローズが、穏やかに微笑わらっていた。


「ローズ‼︎」

 全身で。

 全身で、ももはローズに飛びつくように抱きしめた。

 人間の時のように、抱きしめた。

「もう大丈夫なのっ?」

「ええ、すっかり。ももちゃん達が私達を救けてくれたのよね。本当にありがとう」

 ももの肩に顔をうずめるようにして、ローズも、ももを抱きしめた。

「いいの。そんなのいいの!」

「ももちゃんのおかげで、みんな優しいスタッフのいる安全な場所に移れたの。私も、今は前のお家へ戻ったわ」

「えっ、そうなの?」

「おばあさんの妹さんが、あの家で面倒を見てくれてるの。一緒に居た子猫も引き取ってくれて……」

「ローズの横に居た子?」

「そう。名前が無かったから、『シロ』ってつけてあげたの」

「シロ?」

「スタッフさんがシャンプーしたら、茶色じゃなくて真っ白だったの。そう、ももちゃんみたいにね」


 そう言って頬ずりをしたローズは、そのままももの頰にキスをした。そして、首を伸ばしてももの耳を甘噛みすると、ふふっと微笑った。

 久しぶりに触れるローズに、ももはドギマギして下を向いた。


「私が居ない時、浮気心起こしてないでしょうね」

 ローズがももを見つめた。

「そんなの! そんなの、ローズしか好きにならないよ」

「…猫…では?」

 ローズが悪戯っぽく目を細めた。

「ごめんなさい。私、ちょっと変なの」

 項垂れるももに、ローズが声をかけた。

「ももちゃん、私と一緒に来て」

「え?」




 赤い提灯が揺れていた。

「見て」

 ローズは、トタン屋根の上で腹這いになった。

「何?」

「あそこ」

 肩を組みながら、樽の椅子に座った中年の女性が二人楽しそうに、本当に楽しそうに飲んでいた。

「あっ」

 それは、花と茂子に違いなかった。


「いい表情かおしてるでしょ」

 二人は何かを語ると、一瞬見つめ合い…、そして弾けるように笑った。

(あんな花ちゃん…、見たことがない…)

 食い入るように二人を見つめて。

 花が叩く手のひらを、ただただ見つめて。


(…でも…)

「ローズ」

「ん?」

「私……、私、繭の時の自分は、すごく悲しんで辛くて苦しんでるの…。なのに、ももの時の自分は、嬉しくて穏やかで幸せな気持ちなの…」


「そう…」

 ローズは頷いた。

 やがて二匹の猫は、ゆっくりと立ち上がり、寄り添うように風の中へ消えた。

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