第27話 Everything

 -すみれ寮 図書室-


(はあ……)

 本棚にもたれかかって、繭は膝を抱えていた。

 ローズと繋がっている星空の下に居る事だけが、唯一の慰めだった。

(ローズ…。どこに居るの…)



 -ミシッ-

(やっぱり…。繭ちゃん、元気ないわ。何か悩んでるみたい…)

 戸口から少し顔を覗かせて、花は思わず自分の胸の前で、手をギュッと握りしめた。

(何て……、何て言葉をかけたら…)

 そう思って、立ち尽くしていた。


 -ギシッ-

 板敷が、少し大きな音をたてた。


「あっ」

 繭が、花に気づいて目を上げた。

「あっ、ごめんなさい」

「…ずっと居たの? 声…かけてくれたら良かったのに」

 唇の端をわずかに上げて、繭が微笑わらってみせた。

「……あ」


 その瞬間。

 それは、まるで歩き始めたばかりの赤子の様だった。

 両手を広げて、転げるような仕草で花は、繭に駆け寄って抱きしめた。

「…先生…?」

「泣いてるっ、繭ちゃん、泣いてる!」

 花の涙がみるみる溢れて、繭の肩を濡らした。


 繭は、花の肩に耳をつけた。

「不思議なんだ。泣いてるのに、涙が出ないの」

「うん…、うん…」

 繭の言葉に、花が嗚咽おえつで応えた。

「先生が…代わりに泣いてくれてるんだね」

 繭が、花の背を優しく撫ぜた。


「先生、泣かないで…」

「だっ…、だって、だって…」

 繭はゆっくり、花の肩に手を置き、花と向き合うように抱き起こして、花を見た。


「ご…、ごめんなさい。私、おかしいでしょ。は、励まそうとして来たのに、私が、……私が泣いちゃって…。でも、繭ちゃんが、繭ちゃんが心の中で泣いてるのを見たら…」

「……花ちゃん……」

 溢れる花の涙を、繭は親指で何度も何度も、優しく拭った。


 そして。何度目かに拭ったあと。

 ゆっくり。

 繭は、花に顔を近づけて、ゆっくりと唇を重ねていった。


(えっ)

 花は瞳を見開いて、ピクッと体を跳ね上げた。

 それでも、繭は唇を重ねていた。

 花の心が静かになるのを待つように。繭は月のように優しく待っていた。

 やがて花は、睫毛を落として。

 指先で探るように、繭の背を求めた。


 二人の心も体温も重なり合う頃。

 繭はうつむきがちに、花から離れた。


「人の心って複雑なんだね…」

 繭が呟くように言った。

「言い表せない気持ち」

 長い睫毛をゆっくりまたたかせ、繭は花の横に並ぶ様に座った。

 けれど。

 花は、目を開けた後もしばらく放心状態のように、聞いているのかいないのか、ただ何度か繭の言葉に頷いているだけだった。


 それを見て、

 -ふふっ-

 繭が笑った。

「…えっ?」

 花は、やっと正気に戻って繭に視線を向けた。

「先生…、ううん、花ちゃん。花ちゃん、ありがと。私、大好きだよ、花ちゃんのこと」

 繭は、花を両手で力いっぱい抱きしめた。

「えっ、え?」

 戸惑う花に、繭がもう一度、声をたてて笑った。


「大好きだよ」

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