第26話 さよならのかわりに

「知ってるんだから! 生徒会室や放送室でイチャついてるの! 私、繭みたいになりたいのっ。だから、頑張るって決めたんだから!」


「………嬉しい」

『え⁉︎』

 繭とねねは、マシューを見た。

「良かった。ねね、ありがと!」

 マシューがねねを横抱きにした。

「ちょっと! 私、怒ってるんだよ!」

「いいよ、いいよ、いっぱい怒ってよ。私、超嬉しいんだよ! ねねが、こんなに怒ってヤキモチ焼いてくれるの。私完全に捨てられるって思ってたんだから」

 その時、

 -コンコン-

 ノックして。

「ちーっす」

 星香がひょっこり姿を見せた。

「もぉー何なのよー‼︎」





「……でもさ、何で留学なの?」

 少し落ち着いたねねに、遅れて来た星香が尋ねた。

「私、すみれここ寮、入りたいの」

「ウソ! マジ?」

 マシューがねねを覗き見た。

「うん。私、他の成績悪くないけど、英語がね…」

 ねねがおにぎりを、パクリと一口食べた。


「そっか、そうだったんだ」

 繭が頷く。

「ねね、ゴメンね。マシューとは何か、姉妹みたいになっちゃってて。確かに友だちの領域超えてたよね」

 繭の言葉に、ねねが首を振った。

「ううん、マシューに直接言えば良かったんだよね、思ってること全部。何か、溜め込んじゃったのが悪かったんだよ。私こそゴメンね」

 ねねの言葉に、今度は繭が首を振った。


「私、挑戦してみたくなったんだ。キッカケは、すみれに入りたい、マシューと繭みたいになってみたいっていう事だったんだけど……。でも今は、本当に英語が話せるようになってみたいって思ってるの」

 すると、黙って聞いていたマシューが、

「わかった。行ってきなよ!」

 大きくねねに頷いてみせた。

「え? いいの? ホント?」

「うん。チャレンジしてみなよ! 私はここでずっとねねを待ってるからさ」

「ありがとー! 大好き、マシュー!」

 ねねがマシューに抱きついた。





 二人を通りまで送って、繭とマシューが二人きりになった時だった。

「ねえ繭、さっき、たてこみすぎてて言えなかったんだけど」

 まだ手を振りながら、マシューは正面を向いたまま口だけ動かした。

「何?」

「ローズの家って、畑の中の、赤い屋根の大きい家だよね?」

「……そうだけど。えっ、何?」

「ちょっと……来て!」

 二人の姿が人混みに消えると、マシューが繭の手を引いた。



 -ローズの家-


「えっ、これって…」

 そこには見た事もない外車が止まり、外壁は白から緑へと変わっていて、住人が入れ替わっていることは明らかだった。

「え⁉︎ 何で」

 表札を確認した。

「桐島じゃなくなってる!」

「だよね。繭から聞いてた住人と全然違ってたから」


「……ローズ……帰って来ないってこと……?」

 繭は立っていられなくなって、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。

「まだわからないよ。でも、とりあえず調べてみよう。ねっ」

 マシューが繭を後ろから支えるように、肩に手を置いた。

「……うん…、そう…だよね…」

 繭はもう。

 そう頷くのが精一杯で。


 二人の前には、まだつぼみの薔薇がただ、風に揺れているだけだった。

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