第24話 その時、ハートは盗まれた

 -生徒会室-


「そんなの簡単だよ」

 マシューが電卓を押す指を止め、繭を見上げた。

「えっ、マジ?」

 繭も、ハンコを上げたままフリーズした。

「だって、相手は大人の色気と同年代なのをフルに使うんでしょ。だったら、繭は若さと可愛さとクールな生徒会長っていう武器を使うんだよ」

「学校内でしか通じないのに?」

「だって、ほとんど学校圏内しかいないじゃん」

「あ、そっか」

 会長席で、大きく繭が頷く。

(だったら、花ちゃんは、クール系だな…)


 その時。

 -コンコン-

 ドアがノックされた。

「はい」

「あのー、今年度の年間行事予定のチェック…、済みました?」

 入室して来たのは、花だった。

「あ、もうすぐ終わるから。先生そこ座ってて」

 マシューが微笑わらいかけた。

「あ、ハイ」


 空いた木製の椅子に腰掛ける花の目の前で、繭は上がってくる書類に目を通して、ハンコを丁寧に押してゆく。

(……やだ。見とれちゃう)

 こんな真剣な繭ちゃんの姿…。

 -ガタ…-

 少しだけ。椅子をずらした。

 -ガタ-

 -ガタ-


(ん?)

 繭が、何か視線を感じて目を上げると。

 目の前に自分をじっと見つめる、花の顔があった。

 -ふふっ-

 目を細めて、繭は微笑った。

 そして。

「ハイ、出来たよ、先生」

 そう言って、机に手をつき、花の突き出た頬骨にキスをした。

「ひゃあっ」

 花は飛び上がって、頰を手で押さえた。

「な、ななな何でみんな、ここにするのっ」

(…え?)

「もっもうっ、知らないからっ」

 ガサガサと、慌てたように書類を掻き寄せると、花はあたふたと出て行った。


 -バタン-

 ドアが閉まると、繭が口を開いた。

「今さ、みんなって言ったよね?」

「うん、ここで、じゃなくて、みんな、ここに、だったね」

 マシューも、ポリポリと頭をかいた。

 みんな、ここに……。




 -職員室-


(な、何? あの格好良さ。あんな繭ちゃん見たらますます好きになっちゃうじゃない。それに…あんな…)

 頰に手をあて、花は呼吸を整えた。

(これが恋なの⁉︎)

 だったら、今まで私がしてきたのは何?

 予選?

 じゃあ、予選敗退だったってこと?

 私……。

 完全に今、恋に落ちちゃった。




「完全にキスしたね。お茂さんが花ちゃんに」

 机に崩れるように繭が上身からだを横たえた。

「別にいーじゃん、50代の頰チューぐらいさー」

 覆い被さるように、マシューが繭を背後から抱きしめた。

「外国じゃ挨拶だよ」

「ここ日本だもん」

「じゃー、私達もする?」

「全っ然聞いてないんだ」



「………」



 そんなことを言っている二人は。

 この時、扉のガラス窓に揺れる人影に、全く気づくことはなかった。

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