第23話 Time goes ニャイ

 -二日前 土曜日-


「お茂、お酒強いのねえ」

「お花こそ。大学時代はさほど飲まなかったのに」

 まだ、山に陽は残っていた。

 すみれ寮の近くの屋台に場所を移し、二人は瓶ビールを傾けていた。

「家、大丈夫なの?」

 泡だけになったビールの瓶を、花は傍らに置いた。

「ああ」

 小さなグラスに、茂子はくちをあてた。

「離婚したの。だから、汚い狭いアパートに帰るだけ。だぁれも待っちゃいないから」

「えっ」


 花は思わず、声を上げてしまっていた。

「ウソ。だって」

 だって…。

 クラス一…ううん、高校一の美人で、才女で、お茂を見に他校の男子も女子も見に来るような…、そんな、そんなひとだったじゃない。


 花の様子に茂子はニヤニヤして、

「昔の栄光なんて、その後の人生に何の役にも立ちゃしないんだから。あ、いやむしろ、害でしかないわね。私はあのころ、調子に乗りすぎたの。人を見下して、自分は特別で、最高の人生を手に入れられるって信じて疑わなかったわ」

 口周りの白いヒゲをぺろっと舐め、茂子はさらに続けた。


「人間の幸せは平等なのよ。使い切るだけ使い切って、その後、何の努力も善も積まなかったんだもの。当然の報いね」

「そんなこと…」

「いいの、いいの。お花を見ればわかるわ。そんな女子大生みたいに可愛くなっちゃって。でもね」

 茂子は、カタリとグラスをカウンターに置いた。

「私もに気づいたの。だから、私なりに腐らずどうにかやってきた。今では元旦那にも感謝出来るようになったしね。だから、お花とまた再会出来たのよ」


 そう言って。

 茂子はゆっくり顔を近づけて来た。

 そして、花の少しつき出た頬骨に唇を落とした。

(えっ)

「なんちゃってー。今日は、これでガマンするわ」

 少女のように笑って、茂子は目を細めた。





 -数日後-


-モミモミモミモミ-

(はーなちゃーん)

 猫らしく。

 可愛らしく甘えている……ように見えて。

 胸の谷間に頰をつけ、素早くケータイの画面を盗み見た。

 -ピロォン-

(来た)

 あれから。

 花ちゃんとお茂さんは頻繁にラインでやりとりをしている。


 -私、お花と結婚しときゃ良かったわ-

 そんな文面に。

「もおー、お茂ったら」

 なんて、完全に乙女の表情かおになっていた。

 でも。

 花ちゃんがお茂と呼ぶ茂子さんと再会してから、二倍…いや、三倍は綺麗になった。

 しかも、髪も明るくして、シャギーショートにして、大正を駆け抜けていってしまった。


(はぁ……)

 もういいや。

 ゆっくり、猫窓へ向かう。

 ちょっとだけ振り返った。

 花は、茂子とのやりとりに夢中で、ももが自分の側から離れた事も気づかないようだった。

(はぁぁ……)

 もう一度。

 ももは、深いため息をついた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る