第8話 やりニャおしがきく今ニャら

「…行ってきます…」

 消え入りそうな声で先生はそう言って、席を立った。

『行ってらっしゃい』

 皆で花ちゃんを見送る。


「最近どうしたんだろうねえ」

 万副さんが席について箸を取る。

「濡れ雑巾みたいだね」

 コテコテと大盛りのご飯を盛りながらマシューが言った。

「ももちゃんが冷たいんだってさ」

 私は鮭に箸をつけながら、二人に目をやった。

「ももちゃんって、先生の猫かい? 」

「そ。先生とももちゃん、ケンカしてるの。ってゆーか、先生がももちゃん怒らせちゃったんだって」

「へえ…。まあ、でも動物にだって心はあるからねえ」

 万副さんはみそ汁をすすった。


「あ、そういえばこの間、10時頃ここ通ったら、ももちゃんあのはりの上に上ってて、先生がいくら呼んでもお尻向けたままだったわ」

 マシューも補足するように言った。


(ふん)

 から。

 私と花ちゃんは一緒に寝ていない。

 だって。ヒドくない?

 繭の部屋にいる時間が多いから、繭の香りが付くのなんて普通じゃん? なのに、いつもの場所から下の方へずり下げるなんて。


 とりあえず。今は。

 ももちゃんは繭の部屋で寝ている事になっていた。

 でも、何だかんだいっても猫なので。好きなトコで寝てもいいんだけど。


「ごちそうさま。万副さん、いつもありがとう」

 食器を片付け、自分の分のお弁当を鞄に入れる。

「ねー、繭、今日先生と放送室でお弁当食べない? 今日放送当番だし」

「…別にいいけど」

「さすがにさ、かわいそーになっちゃった。話だけでも聞いてあげようよ」

 マシューは本気で心配しているようだった。


 我が校では、生徒会の正・副の長は、週に二回だけ放送委員の仕事を兼務する事になっていた。

「わかった」

 ま。花ちゃんの気持ちを聞いてみてあげてもいいもんね。

「じゃ、今日は三人で食べよ」



 -放送室-


「私が悪いの」

 花ちゃんは白いレースのハンカチを何度も目頭にあてた。

「ももちゃんに。くさい、あっち行けって言っちゃったの」

(いやいやいや。そこまでは言ってなかったよ。ってゆーか意味変わっちゃってるじゃん)

 私は万副さんお手製の卵焼きを口に運ぶ。

「先生、動物って悪口わかるんだよ」

 マシューが言った。

「うん、うん。私が悪いの。猫に嫉妬してたの」

「嫉妬?」

「ううん、ちが……。そうね、小さい人間なの、私」

 花ちゃんはオイオイ泣き始めた。


(しょーがないなー)

 私は、花ちゃんの膝の上に置いたままの箸を花ちゃんの手ごと包み込んで持たせた。

「ねえ、先生。私もマシューの言う通り、動物だって言葉を理解出来るし、心も通じると思うんだ。だから私からも、ももちゃんに先生の気持ちを伝えておくから、先生もちゃんとご飯食べてきちんとももちゃんと向き合おうよ」

「そーだよ。今のままの先生じゃ、ももちゃんも心配するからさ。先生食べよ。それでもう一回ちゃんとももちゃんに謝ろ」

 マシューも先生を見つめてそう言った。

「うん…、うん。二人ともありがと…」

 花ちゃんは、泣きながら微笑ってくれた。


「帰ったらちゃんとももちゃんに謝るわ」

『うん』

 私たちは顔を見合わせて、頷き合ったけど。

 その時だった。

「あっヤベ。電源切ってない!」

 マシューが叫んで、慌てて放送の電源を切ったけど、時すでに遅く…。


 -花ちゃん、泣きの一回-

 という、伝説の回になってしまった。

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