AIするなら
「なあ、あれ、何だ?」
「ん? あれって……お! 瓶じゃん!」
俺たちは、海岸の丸石の散らばったところに、瓶が流れ着いているのを見つけた。
海。瓶。この組み合わせで思いつくのは、ボトルシップと、それから……。
「中に紙入ってるんじゃね?」
「そうだな……あっ、でも」
俺たちはそれが、流れが速くて深い、海水の流れの向こうにあることが分かった。
「あれは危ない。仕方ないけど、諦めるしかない」
「えー、残念」
「行こうぜ。山の方に」
俺たちはしぶしぶ、そのお宝を尻目に山奥に入っていった。
***
「さて、少し怖いけど、行ってみるか」
俺はみんなが島の外に帰った夜、水着を履いて昼に来た海岸に戻ってきた。友達は本島住まいで、俺だけ諸島住まいなのだ。だから、夜の海を知っている俺だけ、安全にそこまで行けるわけだ。
この付近は夜に満潮になる。だから足元の岩場で足を怪我することはない。泳ぎに自信があれば、余裕であの岩場ぐらい。
「よし、ついた」
さっと瓶を取り、元居た岸まで戻る。タオルで体を軽くぬぐい、瓶をくるむ。
「さて、中身は帰ってから……って、誰だ! そこにいるのは」
俺は近くの大松の陰から、こちらを覗く人影を見つけた。
「誰だ、出てこい!」
俺がそう叫ぶと、その人影はこちらに歩いて―――いや、動いてきた。
「え……その足」
その人影は、足裏についた車輪のようなものを転がして、こちらに向かってきた。
「あ、そこって段差が……あ」
案の定、松の木の生えている段から、脇道の段に降りる際、ガタンと言う音を立てて前に倒れた……。
「って、おい! 大丈夫か?」
俺はその倒れたモノに駆け寄った。皮下にメカメカしい感触を感じながらも、人っぽい肉感のある体を起こし、顔を見ると、俺と年齢の大して変わらない、女の子の目と、鼻と、口があった。
「お……おこして」
その口が、そう言ったように感じた。
「わ、わかった」
俺は懸命にそれが自立するような体制にもっていった。が、車輪のせいでバランスがとりづらい。
「あのさ、車輪って、しまったりできる?」
「あ、はい。歩行モード、オフ」
機械的な声のあと、彼女の足の奥に車輪がしまわれ、平たい靴底になった。しかし、それでもバランスが悪い。
「足元の最適化、開始」
彼女が再びそう言うと、彼女が小刻みに揺れ始めた。流石に便利過ぎないか……。
およそ一分後、彼女は一人で立っていられるほど、安定した。
***
「あの、さっきは黙って見ててごめんなさい」
彼女は、今度は人間じみた口調で話しかけてきた。
「いや、もうそれはいいんです。それより、あなたは何なんですか」
「私は、
「やっぱり、そうなんですか。どうしてここに? この島にそんな施設があるとは思えないんですけど」
「私は実験的にここに連れてこられました。ここで私が経験することのすべてが、将来のAI産業に役立つのです」
なるほど、行動記録のためにここに来たのか。
もちろんこの時代に生きる若者なので、AIがどういうものかは知っている。これまでの記録を一般化・体系化し、より主体的に動けるようにするのが、AI発展のための技術だ。時には、過去のAIの記録をアップデートし、上書きを重ねて、人間のようなモノを作り上げることが目標なのだろう。
「そうか。じゃあいろいろ経験しないとな。また明日来るから」
「いいのですか?」
「アンドロイドが遠慮するな。じゃあな」
俺はその場をあとにしようとした。しかし、
「ちょっと待ってください」
と、腕をつかまれた。
「その瓶、開けないんですか?」
「この辺暗いし、濡れて寒いし。家帰ってから見る」
「あの、それ、開けないまま明日持ってきてくれませんか?」
「え、いいけど。なんで?」
「それは、内緒です」
彼女はアンドロイドらしからぬ微笑みを見せた。秘密をしたり、自分から腕をつかんできたり、本当に彼女は人間ではないのか。
俺は帰ってからも、心臓の音がうるさくて、すぐには眠れなかった。
*****
「おはよう。眠れた?」
「はい。でも私はアンドロイドなので、ほとんど寝ているようなものです」
翌日、彼女と会った場所へ向かうと、話す前と同様、彼女は松の木の裏に立っていた。スチュワーデスのような服装と、まだ垢抜け切れていない顔立ちのギャップに少し驚いた。
「あのさ、漂蓮は何歳なんだ? 製造されてから、どれぐらい経つ?」
「千八百三十日―――五年と四日です」
こうして即答するところを見ると、やはり彼女はアンドロイドなのだろう。
「それより、瓶の中身、開けないんですか?」
「ああ、開けるよ」
俺はコルクを抜いて、中に入っている筒状の紙を取り出した。しかし、いくら広げようとしても、その紙は筒のままで、一向に中身を見せようとしない。
「なんだこれ、ただの筒じゃん」
「はい、ただの筒です」
「え、知ってたの?」
「はい。これは私が瓶の中に入れました。そして、あそこに投げました」
と、彼女の指さす方を向くと、今は浅く速い流れに阻まれた、小石の島があった。
「だったら、なんで中身をここで開けるよう言ったんだ?」
「それは、あなたの表情を見るためです」
「えっ」
俺は少しほほを上気させて彼女の方を向いた。
「瓶が海岸に流れ着いているケースというものは、物語では王道なケースらしいです。なので、現実でもそのようなケースに人が遭遇した時、あるいはそれを取った時、あるいはその中身を開けようとした時、どのような表情をするのかを、記録したかったのです」
「そうか、少し残念」
「え、残念とは?」
「いや、いいんだ。ってことは、昨日の昼も?」
「はい。ばっちり記録済みです。あなたの友達の好奇心に満ち溢れた姿、非常に参考になりました。ありがとうございます」
彼女は無機質な笑みを浮かべているように見えた。
「あのな、本当に最後まで表情を見たいなら、どうして手紙を書かなかったんだ? 手紙じゃなくてもいい。宝の地図っぽいものとか、妙な記号でも、何なら線が一本無造作に引かれているだけでもいい。流石に開けて何にも無しだったら、この実験は不十分だ」
「そんなに中に入れるものがあったんですか? データ不足でした」
「逆に何を入れるものだと思っていたんだ?」
「ラブレターです」
「は?」
唐突に聞きなじみのない、それでもあこがれを抱く言葉を言われ、自然とほほの赤みが増すのを感じた。
「ラブレターを流して、それが届いた人が運命の人らしいです」
「それどこのおとぎ話を引っ張ってきたんだ」
「まあ、私はアンドロイドなので、人と付き合うということがわからないんですが。あ、そうそう。この際にお聞きしたいことがあるんです」
彼女は無機質な声で、
「愛とは何ですか?」
と、きいてきた。
「哲学的だな……。要は人を好きになるってことがわからないんだろ? あんまりこういうのを男が語るもんじゃないんだけどな」
「確かに。そのようなデータもあります。でも、私は知らないので、今回は例外的に、男性のあなたに教えていただきたいです」
「そ、そうか……」
俺は悩んだ結果、人でないからこそ、何のためらいもなく言える答えを出した。
「俺が今、漂蓮に抱いている気持ち……かな」
「すみません。そのような主観的なものではなく、もう少し一般論的に教えていただきたいのですが」
彼女は遠回しに―――それほど冷淡に言葉を
「その人のことを考えると、体が自然とあたたかくなる。こんな気持ちが愛、かな」
「『体が自然とあたたかくなる』。それはどうしてでしょうか」
「その人と話すだけで楽しくて、笑えて、気持ちが楽になる。安心する。多分そんな気持ちだと思う」
「なるほど」
彼女は『インプット』と小声で言った。
「やはり人間にしかわからないものなんですね。似たようなことを、ほかにも何人かの方が話していました。今の技術では、こうやってアンドロイドが自分の意志で、自由に人間と話すことはできますし、このような感じで、皮膚のフニフニした感触に包まれているので、遠くから見たら人間に見えるかもしれません」
と、彼女は機械のぎこちなさのかすかに残る手つきで、自分の手首をつねった。
「でも、私は心を持っていません。正確に言うと、仮に私が心を持っていて、嬉しい・悲しいと思っていたとしても、それが人間にとっては、偽物のように見えてしまったり、そもそもないもののように思われてしまう」
「そうだな。実際、俺に漂蓮の感情は全然伝わってこない」
「エンドルフィンというものを出せば、幸せな気分になると聞きました。もし私にその物質を注入すれば、幸せな気持ちになるのでしょうか」
「なんそれ、知らないけど」
「エンドルフィンとは、脳内で機能する神経伝達物質の一種で……」
「いや、説明はいいから」
俺は手で制止する。そういえば言葉の意味を教えることは、コンピュータが計算と同じぐらい得意とすることだっけ。
「私、これまで人間を知ろうと、色んなことを色んな人に質問してきました。もちろん、『愛』もそうです。でも何回も同じ答えを繰り返されて、もはやそれが定義のように思えてきてしまいました」
彼女はポケットから紙を取り出し、こちらに渡した。
「でも、私に対して、『愛』を持っている人は、あなたが初めてでした」
彼女は立ち上がり、『歩行モード、オン』と言った。そして、
「また、来てください。今度は、こちらに」
と言い、島に来ている船の方に進みだした。
もらった紙を見ると、それは名刺だった。『漂蓮』と言う名前と、『ナンバー二百三』の文字が併記されていて、下に住所―――保管場所が書いてあった。
『アンドロイドが、人間と心を通わせることは、できるのか』
その問いに答えが出るのは、このように会話ができるようになっても、まだ時間がかかりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます