苦悩とお誘い。

 一、二時限目後の休み時間………SHR後と同様にクラスメイトの壁で覆われており、渡せず。


 三時限目の休み時間も状況は変わらず、一番時間の猶予がある昼休みさえも教室に黒野の姿は無く、校内をある程度探したが見つからなかった。


 勿論のこと、五時限目の休み時間も黒野がトイレに行っていたせいで渡せないでいたが、そんな事知るかと言わんばかりに時間は容赦なく流れ、遂に迎えた六時限目。


 ……どうすんだこれッ!!もう渡す時間ねぇぞ?!


 俺の頭はその事で一杯で、既に授業が始まっているにもかかわらず机の上に教科書やノートも出さずにただ肘をつきゲンドウポーズを構えていた。


「……ねぇ」


 俺に残された時間はこの授業が終わった瞬間。クラスメイトが黒野に群がるまでの時間。その間僅か数秒。その数秒で紙を渡す事は可能か?……うん、無理だね。


「……ねぇって……」


 じゃあどぉすんだよぉ……。


 カサッ。


「……?」


 頭の中でこの後の事について自問自答していると、頭の右側に何かが当たった感触がした。


 何だ?と、俺の頭にぶつかったであろう床に落ちている物をチラッと見てみると、そこにはノートを破ったのだろうかクシャクシャに丸められた小さな紙屑玉が一つ。そしてそのまま視線を上に向けると、頬を膨らませた美少女転校生が何か言いたげな表情でこっちを見ていた。いや可愛いな、是非猫耳付けて頂きたい。


「えーっと……どうかしました?」


 机から取り出した教科書で顔を隠し、相手にギリギリ聞こえるほどの声で話しかける。


 すると、少しため息をついた後、俺と同じ様に自身の教科書で顔を隠しながらススッと顔を寄せた。


「ずっとソワソワしてるけど何かあったの?」


「あー……」


 どうやら苦悩していることがバレていたみたいだ。


 んーどう言ったら良いものか……ん……あ、そうか。今渡したら良いじゃないか!その方が無理に休み時間に渡すよりクラスメイトの邪魔も入らないし。


「実はこれを渡そうと思ってたんだ」


「?」


 そう言いながら朝書き込んでいた二つ折りの紙切れを手早く渡す。


「用件はその紙に書いてあるから」


「分かった、隠れて確認しとくね」


 少女は紙切れを受け取るとパチッとウインクをして微笑んで見せた。




(こ〜ら〜?仲良くするのは良いが今は授業中だぞ〜?)


 教室の隅に並ぶ二冊の教科書を(自分で席を決めた事もあり)和泉先生は引きつった笑顔で見て見ぬ振りをした。







 キーン コーン カーン コーン

 キーン コーン カーン コーン


 ようやく終わった……。けどぼけっとしてられない、ここからが肝心だな。


「よし、今日はここまで。気を付けて帰るように」


 鳴り続くチャイムの中、和泉先生がいつもの通りに生徒達に告げる。それを聞いた生徒達は肩の荷が下りたように各々の友達と話し始め、、、、、、ず……休み時間と同様に数にしておよそ十人ほどが転校生の周りに集まっていた。


「黒野さんっ!今日この後用事とかある?」


 その中でも一際目立つほど肌がほんのり小麦色に焼けた少女が黒野にグイッと顔を寄せる。二人の顔の間、僅か1センチ。


 黒野は今日一の人との近さにこれ以上近づけないようにと胸の前に掌で壁を作る。


「え、えーっと……貴方は確かー」


 黒野が苦笑い気味にそう呟くと、褐色肌少女は近づけた顔をパッと離しとても嬉しそうな表情を見せた。


「私、鳥生亜紀とりゅうあき!黒野さん顔覚えててくれたの!?嬉しい!!」


 覚えられていたのが余程嬉しかったのだろう、黒野の両手をギュッと握った。


「それでなんだけど、放課後何も無いなら黒野さんの歓迎会でこれからカラオケ行こうって話してたんだけど、どう!?」


 鳥生が右、左へと一緒にカラオケに行くであろう女子生徒達に目配せし、黒野の両手をより一層ギュッと握りながらキラキラさせた目を向ける。


 すると、その話を知らなかったのか、周りにいた一人の男子生徒達が声を上げた。


「え、マジ?!俺も行く!!黒野さんいこーぜー!」


 先程の鳥生のように机に両手を付き、黒野に顔を寄せる。それと同時に鳥生の口からため息が漏れた。


「いや村神、アンタは誘ってないでしょ?」


「えー、良いじゃんかよー。ねぇ?黒野さんいいよね?」


「い、いやぁ……どうだろうね、あはは……」


 不味い……このままじゃあカラオケに行ってしまう。でも、俺が話しかけてもなぁ……。


「おいおい、そこまでにしといてやれよ」


 俺がどうしようどうしようとあたふたしていると、鳥生達の背後から聞き慣れた声が耳へ届いた。声のした方を見ると、鳥生の頭の上から坊主頭が顔を覗かせていた。


「鐘場!……そうだ、鐘場なら一緒にっ」


 鐘場が鳥生の言葉を静止させるように鳥生の頭を手でポンポンッと軽くあしらった。その所作に鳥生の頬が少し色付く。


「誘ってくれるのは嬉しいがまた今度な。そんな事はさておき、村神も鳥生達も、黒野さんの言い分を聞かないで話を進めるのはちょっとばかし身勝手過ぎるんじゃないか?」


 鐘場は明るい笑顔で声音で二人を言い宥めるように話す。鐘場はこのクラスのお父さん的立ち位置だからな、さすがパパ。困ってる人がいたら見過ごせないタイプな奴だ。


「黒野さんはまだこの後何も用事が無いとは言ってないだろ?それを聞いてから話を進めるのが人を誘う側の筋ってもんじゃ無いか?ほら、気付いたのなら即謝る!」


 さらりと鳥生達に謝罪を促した。すると、鳥生達はようやく自分達の身勝手な行動に気付いたのか、黒野さんの方へ向き直り、


「「「「ごめんなさい!」」」」

「ごめん!」

 

 頭を下げ、声を揃えて謝った。黒野はそれを見て「大丈夫だから気にしないで」と胸の前で小さく手を振る。


「それで、改めてなんだけど……黒野さん、放課後何か用事とかあったりする?」


 鳥生が申し訳なさそうに再び黒野に話しかける。


「えっと……鳥生さん、お誘いは嬉しいんだけどね。ちょっと、今日は転校初日で手続きとか色々あるから、また今度誘ってくれたら嬉しいなっ」


 鳥生の誘いに女神の如し笑顔でお手本のような受け応えをする黒野がそこにはいた。


「天使だ……」

「可愛すぎんか」

「黒髪ロングサイコー!!!」


「う、うん!また忙しくない時に行こうね!」


「だな!」


「いや、村神。アンタには言ってないし」


「えぇー?!結局ダメなのかよぉー!」


 鳥生と村神のいつも通りの会話にクラス内がが笑い声に包まれる。


 鐘場が居て良かったと安堵していると、ふと鐘場が横目でこちらを見ていることに気づいた。ありがとうと目を向けると、鐘場は「お安い御用だ」と、目配せした。俺が困っていた事に気づいていたようだ。


 紆余曲折あったが放課後の喧騒は無事落ち着き、生徒達は各々の帰路に就いた。

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