お楽しみと転校生。

 学生に与えられた毎週週末にやってくる二日間の休日。


 土日。


 俺はその二日間を使い、知っている猫達にコンタクトを図った。勿論、先日猫除けの呪い?呪魔?とかいうふざけたものが無くなったからである。


 これで、猫達と戯れる事が出来る!


 という考えだったのだが、現実の猫達の反応はあまり変わらなかった。住宅街の塀の上を歩く野良猫にはいつもどおり逃げられ、とある家の窓から顔を覗かせる飼い猫にはシャーッと威嚇された。


 何故だ、猫除けの魔呪はもう無いんだよな?じゃあ何でこんなに逃げられるんだ。と思ったがそもそものところ、猫は警戒心が強く、打ち解けるには時間が必要な生き物だ。そう簡単に戯れれる訳がなかった。


 まぁでも、猫達の逃げ方に変化が見られた。前みたいに俺を視認した瞬間、一目散に逃げたりはせず、少し此方を伺う様な目を向けながら後退りして逃げていったから一様猫除けが無くなった事を少しは実感できた。


 クロアには本当に感謝しなきゃな。帰ったら押し入れに隠してあるちゅーるをあげよう。きっと喜ぶぞ、フフフフフフ。


 あ、そう言えばクロアがなんか言ってたな。


「『来週のお楽しみ』って、どういう事だろう……?」




 家に帰る頃には外はすっかり日が傾いていた、玄関には靴が二足。日曜日は親の仕事も休みだ。しまっている引き戸の前を横切りつつ「ただいまー」と、一声掛ける。


 すると、「おかえり」という声が二つ重なって引き戸の向こうから投げかけられる。


 自室に入り、引き戸をトンッと閉めると小さな声でクロアを呼ぶ。


「おーい、居るかー」


 しかし、クロアからの返事はない。


 ?居ないのか?んーまぁ明日の朝聞けばいいか。起こしてくれる訳だし。


 親が作り置きしてくれていた晩ご飯とお風呂を済ませた後、少し(二時間)猫動画を漁りながらも一日中歩き回った疲労と睡魔に襲われ意識を落とした。




ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ


 部屋にアラームが鳴り響く。音源の方へ手を伸ばしアラームを停止させ、スマホの画面を薄眼で見る。


「……んんっ………え……は?」





 扉から勢いよく飛び出し、階段を滑る様に降る。ボタンを留めきれていない学ランを乱しながら、通学路を爆速で駆ける。


「ハァ、ハァ……な、なんで……起こしてくれなかったんだ……!」


 クロアが朝起こしてくれる筈なのに、今日は何故か起こしてくれなかった。昨日も一昨日も起こしてくれたのに……なんでだ……。なんて考えてる場合じゃない!足を動かせ!このままじゃ、遅刻する!!


 学校の正門を走り抜けると、その瞬間SHRまで残り一分間流れる音楽が鳴り始める。


「……ハァッ……ハァッ……この状態で……階段はキツイ……!」


 毎日登っている階段もこの身体状況の中では難所に成り上がる。

 息を切らしながらもラストスパートを掛ける。

 すると、初めの階段を駆け上がっている時に二人、人を追い抜かした。


「おーい!階段はゆっくり上れー!!」


 一人は声から察するに和泉いずみ先生だろう。もう一人はよく見えなかったが女性の様だった。追い越す瞬間、顔までは見えなかったが何となく黒いシルエットだったのが辛うじて視認できた。


 何か今「あっ」って声が聞こえたけどあの黒い人の声か?


 って!そんな事考える暇あるなら足を動かせ!!幸い先生はまだ教室までたどり着いていない!!てかなんで教室四階なんだよ、シンドイ!!


 SHRまで残り約三十秒程。音楽が鳴り終わる前になんとか教室の扉をくぐる事ができた。


「ま、間に合ったぁ……」


 クラスメイトの視線を感じつつ、肩で息をしながら自席に向かう。鐘場が「またか?」と言いたそうな呆れた顔でこちらをみてきたので、目だけで「理由があるんだよ」と返す。


 てか、先週もこんな風に走った気がする……。


 すると、自席に向かう途中で、少しおかしな事に気が付いた。いつも何も無い筈の俺の席の隣に机と椅子がワンセットが置いてあった。


 元々、クラスの人数の関係で俺の席だけが他の列に比べて一つ飛び出した形で設置してあった。だから俺の席の隣にこんな席なんてある筈は無いんだ。それに教室内もなんだか騒がしく思える。


 誰か転校生でも来るのか……?と思ったが、今まで全力疾走していたせいか身体中が疲労感に襲われ、そんな事を考える気力も無くなってくる。


 キーン コーン カーン コーン

 キーン コーン カーン コーン


 SHR開始のチャイム音の中、自席に座り机にへたり込む。疲れ過ぎてこのまま溶けてしまいそうだ……。


「よーしお前らー、席につけー」


 チャイムが鳴り終わり、数秒後。先程階段で追い抜かした和泉先生が前の扉から入ってきた。そうか、疲れて気にしてなかったけど、あの黒い人が転校生説あるな。


 そう思ったのだが、扉から入ってきたのは和泉先生だけだった。あれ?さっきの黒い人はどこ行ったんだ。


 和泉先生は教卓まで行くと、教卓の下から台を取り出し、ちゃんと教卓から上半身が出るように高さを調節して話し始める。


「今日のSHRはいつも通り色々あるが、先に重要な事を一点!皆も気付いていると思うが、あの席の事だ」


 和泉先生が教室後方の例の席を指差しながら話すと、教室内がざわざわと騒がしくなり始める。教室内に「やっぱり転校生!?」「この時期に?」「女子か?!女子なのか?!」などの言葉が飛び交う。


「おーい、静かにしろー。もううだうだ言ってても仕方ないから、入ってきてもらうか。入ってきていいぞー」


 和泉先生が教室前方の扉に向かってそう言い放つと、教室内の全生徒が扉へ注目する。


「失礼します」


 すると、とても綺麗な声音とともに扉が開かれた。扉の向こうから現れたのは、背中を覆う様な黒く長い髪と宝石の様に光る紅の瞳を持つ少女だった。


 その凛とした態度に教室内の生徒は目を奪われた。


 その少女は教卓、和泉先生の横まで歩くとこちらに体を向ける。


「じゃあ自己紹介を」


 少女は和泉先生の言葉を聞き頷く。その後、青色のチョークを手に取り黒板に文字を書き始めた。書き終わりの最後にカツンッとチョークを鳴らすと、再びこちらに向き直り、口を開いた。


「親の仕事の事情で引っ越して来ました。黒野くろのありすと申します。これからよろしくお願いします」


 言葉の最後に可愛い笑みを見せた。

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