ノアリス様とやら。

 朝。

 窓の外の冊子に止まった雀がチュンチュンと元気に鳴いており、青々と雲一つなく澄んだ空。


 あの後、晩飯、お風呂などを済ませた俺は明日の朝が楽しみで待ち遠しくワクワクウキウキした気分で布団に入り就寝しようとしたはいいが………。


「やべぇ、楽しみ過ぎて一睡も出来なかった……」


 目が冴え、眠れず、若干隈も出来ていた。

 このままではクロアは起こしてくれないんじゃないかと思い、形だけでも目を閉じる。


「寝れにゃかったからって、寝たフリをしようとするニャ」


 バレまくりだった。


「いやー楽しみで寝れなかったよー、あはは」


 声の方へ顔を向けず笑う。


「言われにゃくてもその顔見たら分かるニャ。にゃにか話したい事があったんでしょ?」


「まぁ」


 夜中中ずっと天井を眺めていた体をそれほど苦なく起こしながら掛け布団の下で胡座をかき、声のした方へ向く。クロアは布団の端、俺が起き上がると対面になる位置に凛として座っていた。


「それもあるんだけどね」


 カーテンの隙間からの日光だけが光源となっている暗い部屋。クロアの綺麗な瞳がよく映える。暗闇に乗じてそろ〜っと手を伸ばすと、クロアはキッと眼光を鋭くし「バレていにゃいとでも思ったの」とでも言いたそうな顔をする。いくら暗くても猫からしたら見えてますよね〜。


「まぁ聞きたい事なんだが、一昨日言ってた事ってどうやって知ったんだ?」


 姿勢を正し真剣な声音で聞く。


「一昨日?ああ、アレのほとんどは"ノアリス様"から聞いたことニャ」


 俺の真剣な声音でとは裏腹に軽い声音で答える。


「ノアリス様?」


「そう!ノアリス様は身に纏っている漆黒のローブと帽子からは考えられないほど、優しくて気品があっていつも冷静沈着にゃ私達のご主人様で、もうそれはそれは素敵で……とても悲しいお方だニャ……」


 初めは楽しそうに話していたが、後になるにつれ段々と話す声が小さくなり顔が俯いていく。


「そのノアリスって―――」


「ノアリス"様"!!」


 俺が呼び捨てにした事に怒ったのか、暗闇の中で夜空に浮かぶ二つの半月のようなオッドアイがこちらを睨む。


「ごめん……。君はノアリス様が大好きなんだな」


「当たり前だニャ!私達の間じゃ神様みたいにゃ存在だニャ!」


 先程の険しい表情から一転、満面の笑みを見せる。


「で、そのノアリス様ってなんかあったのか?さっき悲しいお方って言ってけど」


 そう聞くと再びクロアの表情が暗くなる。


「……ノアリス様は両親をおさにゃい頃に殺されているのニャ」


「殺されたって……誰に……?」


「……あまり話はにゃしたくにゃいんだけど、ノアリス様の両親を殺したのは」


 俯いていて見えなかった顔が、こちらに向けられる。あげられた顔を見ると、クロアの瞳は滲み出た涙で濡れ、酷く悲しそうな顔をしていた。

 そして、その表情から言葉は紡がれる。



「ノアリス様自身とおにゃじ人間だってことニャ」



 クロアの瞳から涙が溢れでる。


「え……」


 人間って……どういう……。


「そのせいで、ノアリス様は人間が大嫌いに、憎むようににゃってしまった………自分も含めて……ニャ」


 言い終えるとクロアは苦々しい表情で顔を顰める。


「私達も、そう教えられてきたニャ。人間は醜い生き物にゃのだと」


 それであの白い世界で初めてクロアと出会った時、あんな視線を向けてきたのか。


「折角の可愛い顔と綺麗な黒い毛が君の涙で酷いことになってるよ」


 俺は部屋の電気を机の上に置いてあるリモコンでつけると、自分の枕元に置いているティッシュを数枚取り、クロアの濡れた目元を優しく拭いてやる。


「でも、にゃぜかわからにゃいけど、お前はそんにゃ酷い人間とは違う気がするのニャ」


 潤んだ瞳を細め、優しく笑う。その笑顔はとても美しかった。


「と、当然だ、俺は猫に対して酷い事なんか決してしない」


「それにしては初対面で泣きついてきたり、私の耳を揉みしだいたり、さっきも隙があればモフろうとしてきたけど、アレはにゃんだったかニャ〜」


 クロアは「ふーん」と、冗談めかした表情で話しながら片目でこちらをチラリと見る。


「いや、アレは仕方がないんだよ。だって七年ぶりに猫に触れる事ができたんだ、今まではずっと目前で逃げられてばっかりだったし……」


 肩を落とす俺を見て何か疑問に思ったのか、涙もすっかり止まったクロアが口を開く。


にゃにゃ年前って……。そう言えば、前言ってた、私と似てるっていうりんさん?って、その、今は居にゃいのかニャ?」


「あ、あぁ。七年前に……死んでしまったんだ」


「そうだったのかニャ。そのりんさんは私とそっくりな黒猫にゃんだよニャ?」


 少し悲しそうな声でそう聞いてくる。


「うん。その純黒の毛も。その綺麗なオッドアイも。その尻尾の先の赤く大きなリボンも。そっくりそのまま凛と同じなんだ」


 言いながらその部分に視線を向け、最後に顔をジッと見つめる。


「でも私はそんにゃこと知らにゃい……。んー……あ」


「ん?どうかしたか?」


 クロアが何か閃いたように口をパッと開けた。まるで頭の上にビックリマークが出たかのよう。


「ノアリス様にゃら何か知ってるかも!」


「どうしてそこでノアリス様が出てくるんだ?」


 疑問に思い聞いてみると。


「私をここまで育ててくれたのはにゃに者でもにゃいノアリス様だからニャ!」


 なるほど……!それなら何か知ってるかも知れないな!!……けれど。


「……でも、どうやってノアリス様とやらに聞くんだ?ノアリス様は、君の居た異世界にいるんだろ?」


「そう、そこからが問題ニャ。つ、ま、り」


 クロアは真剣な眼差しで俺の目をみる。



貴方あにゃたもこっちの世界に来ればいいはにゃしだニャ」



 それは、思い掛けない提案だった。

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