バッドタイミングの帰宅。
「鍵、鍵っと」
ガチャガチャ、ガチャッ。
小声とともに荒々しく施錠されていた扉が開錠され開かれる。
「ただいまー」
玄関に学生御用達の白に染まったシューズが乱雑に置かれているのを視認した。
「お、もう帰ってんのか、って……ん?」
安全靴を脱いでいると、廊下の先の引き戸の向こうから何やら話し声が微かに聞こえてくる。
「本当にありがとう!!そしてもふらせろー!!」
「感謝してるにゃら触るニャ!!お
抵抗するクロアのお腹をここぞとばかりにもふもふする。感謝はしてる、してるが……やっぱり目の前の誘惑には勝てなかったよ……。
「ニャ?よく聞こえないがニャって聞こえたんだが……アイツ遂にやったか……」
脱ぎ掛けの安全靴を雑に脱ぎながら「はあぁ……」と、大きなため息をつく。安全靴を脱ぎ終わると廊下へ足をかける、すると床がギシッと鳴る音が静かな廊下に広がる。
「ん……?待て……」
「待てはこっちのセリぐふっ」
クロアは俺の謎の言葉に反応し返答しようとするが、俺が咄嗟に片手で口を抑えたせいで、口が手の中でモゴモゴと動くだけで声は出ず、ただ「んーんーー!」と、唸るしかできない。
俺はクロアに向かって静かにするようにと、人差し指を自分の顔の前で立て小さく「しぃーーー」と、伝える。静かになった自室にて耳を凝らすと、やはり廊下からこちらへ歩いてくる足音が聞こえた。
「やばっ、もうそんな時間か」
「んんっ?!」
そう口にすると、自分がいつも寝ている布団の掛け布団をクロアに被せる。すると、掛け布団から首だけを出しいきなりでビックリしたのかクロアが怒った様子で言ってきた。
「にゃにするニャ!」
「シッ!頼むからここでちょっと静かにしててくれ!後で説明するから!」
「ちょっ!」
早々と小声で会話を終了させると、クロアに被せた掛け布団を完全に覆い被さるように直す。
(足音が聞こえるが誰か来たのか?)
ズンズンと足音は近づき、遂に扉の前まで迫った、その直後。
「なに猫連れ込んでんだお前は!!!」
外れそうになるほどの勢いで自室の引き戸が大声とともに開かれた。
「え?何の事?あ、父さんおかえり」
自室の使い過ぎてへたれたソファに腰掛け、スマホ片手に「何でそんな怒ってんの?」という顔で返答をする。
「お、おう、ただいま……。いや、そうじゃなくて、今猫の鳴き声しなかったか?」
「え?あぁ、聞こえてた?ごめんごめん猫動画見てたから」
猫動画が再生されているスマホの画面を、ヒラヒラとしっかり見えるように掲げる。
「なんだ、お前のことだから遂に家に猫を連れ込んだのかと思ったわ」
「そんな事、するわけないない。まずこのマンションペット禁止だし」
「それもそうだ………へ」
「へ……?」
「へ……へ………ヘクチッ!!」
く、くしゃみ……まずい症状が……。
「すまんすまん。なんか鼻がムズムズするが、春だし気のせいか」
「き、気のせいだよ……。てか、父さんって見た目からは想像できないくしゃみするよね」
「うっさいわ」
猫から話題を逸らす為に、その顔から出るとは誰も予想しないであろうくしゃみの事を追求すると、少し恥ずかしそうに手でシッシッと触れるなと言わんばかりの仕草をする。
「まぁ仕事で汗かいたし風呂入るわ」
「ほーい」
父さんは風呂の準備をするため部屋から出て行った。あっぶねぇー……危うくクロアがいる事がバレるところだった……。
と、思うのも束の間。何故か再び引き戸が開かれた。急に開かれたせいで体が硬直してしまう。
「え、何」
「本当に猫を連れ込むなよ」
「分かったから!風呂入るんだろ!」
そう一言忠告すると、こちらをジーっと見ながら部屋から出て行った。俺は父さんが出て行き風呂場に行くのを確認した後、自室の引き戸を閉め、ようやく胸を撫で下ろした。
「よ、よかったぁ……」
「もう大丈夫かニャ?」
俺の安堵したため息が聞こえたのか、掛け布団からピョコッと顔を見せる。その格好可愛過ぎない?!
「うん、今は大丈夫。風呂入りに行ったから。それよりも、ちょっと一枚、いや、二十枚くらい写真撮ってもいい?」
スマホのカメラアプリを素早く開きクロアに向ける。
鼻息荒く話す俺を軽蔑するような呆れた視線が襲う。
「……貴方の父親は猫嫌いにゃのか?」
俺の言葉を軽く無視して父さんの事を聞いてくる。
「えぇ……。んー、まぁ父さんは嫌いと言うか、ただ猫アレルギーなだけなんだけど」
「それで、疑っていたのかニャ。仕方がないにゃ、貴方にゃらやりかねにゃいからニャ」
「酷くない?!まぁ実際、今の状況見られたら何も言い訳出来ないんだけど……」
「トホホ……」と、肩を落とす姿を見てクロアは「にゃはは」と笑う。
「じゃあ私はバレにゃいよう今は消えてた方がいいかニャ?」
「今は不味いでしょ?」首をかしげ、こちらへ視線を向ける。
「まぁその方が俺にとっても嬉しい……やら、悲しいやら……」
出来ればもっと話したかった……あとモフりたかった……。
落ち込む姿を見て「はぁ……」とため息をつく。
「明日の朝は起こしてあげるから元気だすニャ!」
「マジ!?分かった!頑張る!」
「情緒が不安定過ぎるニャ……」
先程まで萎えていた気力が、クロアの一言を聞いて挽回する。毎日朝起こしてもらう?!(毎日なんて言ってない)これはもう同棲、いや、結婚と言っても良いんじゃないかな?!
「これはもう結婚と言っても過言ではないんじゃないか?!」
「にゃに馬鹿にゃ事言ってるニャそれでいいかニャ?」
「おう!あ、そう言えば……」
「貴方の父親がお風呂から出てきちゃったらいけにゃいから、もう透明化するニャ。また明日話すニャ!」
クロアはそう言うとベッドのから飛び上がり、空中で器用にクルリと一回転すると、黒い光と共に姿を消した。
「……ん、まてよ。透明化って言うんだからここにまだ居るのか?」
俺はピコンっと閃いたように手を叩くと、部屋中に手を伸ばしバタバタと空気を掴む。
「ここか!ここなのか!ここなんだろ!」
「何やってんだ、お前……」
「え?あ……」
奇妙な動きを髪を濡らした父さんに「うわ……」という目で見られていた。
「いやーちょっと、空気は掴めるのかなー、てね……」
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