謎の魔呪と謎の声。

「まだ誰も帰ってきてないな」


 玄関に靴が無いことを確認。戸締りをしつつそう呟いた後、自室へ向かう。


「たっだいまー!!!」


 声高らかに帰宅宣言しながら、ガラッと自室の引き戸を勢い良く開ける。


 だが、そこには御目当ての漆黒のもふもふの姿は無く、ただ俺の声が家内に木霊する。


 ベッドの下、押し入れ、衣装ケースの中、机の下。部屋のありとあらゆる場所を探すが見つからず、一人、部屋のど真ん中で四つん這いになっていた。


「あ、あれ?俺の癒しは?(苦笑)まさか、全部夢落ち?ううっ……」


「夢じゃにゃいんだにゃー、残念にゃがら」


 愕然、落胆していると、不意に背後から声がする。


 この声は―――


「俺の癒しいいいいいいいいいいいい!!!」


 それを聞いた瞬間、俺は声の主を見てもいないのに確信し、振り返るモーションに連結して背後に居るであろう声の主に笑顔で飛びかかる―――


―――が、そこにいる筈の者は無く、ただ部屋の壁に激突した。


「貴方のって……違うんだけどニャ……」


 壁に張り付く姿を見てクロアは呆れた表情になる。


「なんで避けるんだよ!」


「いや、避けるでしょ、私じゃにゃくても」


「いいじゃないか、触らせてくれよ!減るもんじゃ無いし」


「煩いニャ!貴方の手付きは変態のそれだニャ!!そんにゃに猫が触りたければそこら辺の野良猫でも触ったらいいじゃにゃい!にゃんで私にゃんだニャ!」


「それが無理だから触りたいんだよ!昔から猫に嫌われる体質なんだよ!最早呪いと言っても過言でも無いね」


「呪いねぇ……あ、そうだニャ。君の身体に変な魔法がかけられていたんだニャ」


 ベッドに腰を下ろしながら話すと、呪いという言葉でクロアが何か思い出した。


「え?魔法が俺の体に?」


「うん、魔法というより魔呪ってところかニャ?魔呪って言うのは魔法でも呪いでも無いにゃい、その真ん中まんにゃかってところかニャ。貴方にかけられているのは何の魔呪かまでは分かんにゃいけど」


「それが何の魔呪か分かるか?それと今、解けるか?」


「ちょっと待ってよ」


 そう口にすると、フヨフヨと浮かびながらこっちへ近づいてくる。駄作さに紛れて触ろうとするが、バレていたようでキッと睨まれる。やっぱり、超絶神的に可愛いなぁ。


「ふぇっ!?」


 クロアは俺の背後に周り、背中の中に片手を躊躇なく突っ込んだ。そのせいで変な声が出てしまう。もふもふだぁ〜、気持ちいいよぉ〜、ニヤけるぅ〜。


 すると、少し背中がポカポカしてくる。もうポカポカもふもふで夢心地だぁ〜。と、思っていると直ぐに背中からポカポカともふもふが除かれる。あぁ〜、俺のオアシスがぁ〜。


「もう何か分かったのかよぉー……」


何だにゃんだその顔は……。えっと、これは猫除けの魔呪だニャ。それと弱いけど不幸の魔呪も。あとは一個は分かんにゃいけど、にゃんでこんな魔呪が……一体どこで掛けられたんだニャ?」


「猫除け!?不幸!?これまで猫達に逃げられたり何かと不運だったのはそれのせいだったのか……。お願いだ!解いてくれ!今直ぐに!!」


「分かった分かったそうがっつく、ニャ!」

「おねが、ふへっ!」


 そう言うと、クロアは再び俺の背中に右前脚を滑り込ませた。そして、またもや背中の辺りがポカポカと感じてくる。


(さっさと終わらせるニャ)


「んっ!!」


 窓から夕焼けが差し込み紅く染まっていた部屋が、クロアの声と同時に黒色の光に包まれる。少し灰色に近いようなそんな光。


「おおっ」


「動かにゃいっ!」


 クロアは集中し意識を詠野の中にある魔呪の元へ注ぐ。


 クロアが目を開けるとそこには白い世界が広がっていた。その何処までも続いてそうな真っ白な世界に相反して大小と並ぶ二つの黒い瘴気と一つの淡黄蘗色《うすきはだいろ》に光に輝く瘴気が漂っていた。


「ちゃんと見るまでは分からにゃかったけど三つも……この子はにゃにをやらかしたらこんにゃ事ににゃるんだニャ……。それとこの黄色のヤツはにゃんだニャ?」


 光輝く瘴気に触れようとすると、それを拒絶するかのようにハニカム模様の障壁が浮かび上がった。


「とても強い結界だニャ……。悪い物ではにゃさそうだけど、今の私じゃ干渉する事も出来にゃいニャ……。仕方がにゃいから明らかに悪い瘴気だけ消しとくかニャ」


(これが本当に不幸の魔呪か、ニャ……?)


 目前に巨大な漆黒の瘴気が淀めいている。


「とりあえずやってみるかニャ」


 瘴気に右前脚を翳す。すると、巨大な瘴気は呆気なく散布してしまった。


「うニャ?期待外れだニャ」


(えっと、次はこれかニャ)


 先程よりは一回りほど小さい瘴気へ目を向ける。


(これが猫除けの魔呪かニャ。思ったより面倒くさい魔呪だニャ……)



〔 やめて 〕



「ん?にゃんかいったかニャ?」


「いや?何も言って無いけど?」


「そ、そう。気のせいかニャ……」


 何処からか声が聞こえた気がしたが、聞き間違いだと思い解呪を続ける。


〔 お願い 〕


(やっぱりにゃにか聞こえる!)


〔 解かにゃいで 〕


(私の声に似てる……。貴方あにゃたは誰?)


〔 今は……はにゃせません 〕


(話せないって……)


〔 貴方あにゃたににゃら分かる筈です 〕


(私にゃら?)


〔 この魔呪を解かれる訳にはいけません……。ですが、あの子が解いてと言うのにゃら、仕方がありません 〕


(あの子?この猫好き変態の事かニャ?)

 

〔 ……さあ、解きにゃさい 〕


(貴方がにゃに者かは気ににゃるけど、今はそうさせてもらうニャ!)


 手早く終わらせるために解呪に力をいれる。次の瞬間、クロアの手元が黒色に強く輝いた。


 すると、魔呪が解き終わる直前、またあの声が小さく聞こえた。



〔 貴方は……私にゃのだから…… 〕



「えっ」


 徐々に光は弱くなっていき、部屋は普段の風景に戻った。


「終わった?」


「う、うん……」


 俺が見えない背後に向かって尋ねると、クロアは服の間からスッと手を抜き答える。


「や、やったぁー!!!これで猫達と仲良く遊べるよ!!本当にありがとう!!」


 これで本当に!妄想じゃなく!一緒に遊んだり、一緒にご飯を食べたり、一緒に散歩に行ったり、一緒に寝たり、喧嘩したり、時にはお互い励まし慰め合う事が、DE、KI、RU!!!


「あ、ああ、良かったニャ、って!私の肉球を堂々と堪能するニャァァア!!」


 俺はパッと満面の笑みで振り返ると、何故か浮かない顔をしたクロアの両前脚をギュッと掴み、肉球をこっそり堪能しながら、喜びのあまり、部屋の中をクルクルと踊るように回った。


 先程散布させた巨大な瘴気が、自分の中で再び淀めいている事も知らずに。

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