猫には九つの命がある。


「えへへへへ」


(顔が饅頭みたいになってるニャ……)


「ど、どうした…?ありえないくらい顔がニヤけてるが……」


 いつも通りの教室。他のクラスメイトからの視線を無視しつつ、他人から見たら気持ち悪いと思われても仕方ない笑顔を浮かべていると、鐘場が心配して声をかけてきた。


(てか、コイツは他の奴らから嫌われてるのかニャ……?)


「んー?いやー、なーんでもないよー。えヘっ、えヘヘヘヘ」


「いや、絶対何かあっただろ。初めてみたぞ、そんな顔。みんな変な目で見てるぞ……」


 昨日。

 俺はあの後、太陽が顔を見せる程まで黒猫、クロアとずっと話し込んでいた。


「なるほどね、君が呪いってわけか」


「とは言っても、呪いの影響はこれだけじゃにゃいけどニャ」


「え?そうなの?」


「えっへん!貴方あにゃたはツイてるよ?呪われた私で良かったニャ!」


 俺が驚いたようにそう言うと、クロアはもふもふの胸毛を張って偉そうに答える。


「猫好きな君は一度は聞いた事があると思うニャ。猫には九つの命があると、ニャ?」


 猫には九つの命がある。そんな都市伝説がある事は、猫を好きになってから知った。幼い頃、都市伝説自体は大分昔に興味本意で調べてみた事があるが、その時は何がなんだかさっぱり分からなかった。


 そして、再び調べる事も無く今に至る。


「つまりニャ!貴方の人生は、今の命に八つの命を加えた合計九つの命を持つことににゃるのニャ!」


「……え?待って待って、つまるところ俺は今後、八回までは交通事故に遭っても、自殺をしても死なない?と言うか死なないって事?」


「んー、コウツウジコ?って言うのはにゃにかわかんにゃいけど。そんなところかニャ?けれど出来れば八回も死にゃにゃいでくれると嬉しいニャ」


 クロアは「にゃはは」と笑う。


「何か不味い事でもあるのか?」


「実は……貴方の命に加えられる八つの命には、私の命も入っているんだニャ。私は魔法が有るから死ぬ事はにゃいと思うけど、私の呪いは貴方の体を強化したりはしにゃいから、あんまり死にゃにゃいでくれると助かるニャ」


「なるほど、分かった。絶対に死なん、約束する。俺の猫道に誓って!!」


「にゃッ!!わ、分かったニャ分かったニャ!だからそんにゃに近づくんじゃにゃいニャ!!ってだからドサクサに紛れて触ろうとするニャ!!」


 グイグイと近づく俺を前にクロアはゆっくり退く。


「こっからが重要にゃんだニャ!だから少し下がるニャ!」


「クソッ、バレたか。で、重要って?」


「図々しいニャ……」


 ケロッとした声で聞き返すと、クロアは呆れたような顔で話を続ける。


「今後しにゃければいけにゃい事。それは、貴方にかけられた呪いを解かにゃければいけにゃいんだニャ」


「え、嫌だ」


 俺は真顔で返答する。


「いや、嫌だじゃにゃくてだニャ……」


「だって、君自体が呪いなわけだろ?だったら解いてしまったらいなくなっちまうじゃんか。そんなの嫌だね、お断りだね」


 プイッと顔を背けながら否定する。


「いや、そんな事言ってる場合じゃにゃいニャ。呪いを解かにゃいと、貴方は死んでしまうんだニャ」


「……は?え?……そうなの?」


「そうにゃの」


 戸惑いながら聞き返すと、クロアはうんうんと首肯する。え?ヤバくない?あ、けど俺には九つの命があるんじゃ!


「で、でも!―――」


「加えられた命は呪いによる影響だから意味にゃいニャ」


「まじか……」


 俺の言いたい事をを見透かしたように、上から言葉を重ねられ否定される。


 い、嫌だよぉ……。


「だから、解く必要があるんだニャ。分かっ―――」


「けど!解いたら君が消えちゃうんだろぉ……」


「ちょ、ちょっと!消えにゃい!消えにゃいから!にゃくんじゃにゃいニャ!鼻水垂れてるニャ!男の子でしょ!」


「うぅ…」


 涙を服の袖で拭きズビッと出ている鼻水をすする。


「じゃあ……呪いが解けても一緒に居てくれる……?」


「居てあげる!居てあげるから!……ってもう外明るいじゃにゃい!さっさと寝ろ!!」


「待っ、グハッ!!」


 白い世界から目覚める時にされた様に、俺の額に向かって綺麗な桃色の肉球を叩きつける。あの世界で食らった猫パンチとは何処か違い、少しだけ優しく感じた。


「今…寝たら…起き…れ…ない………」


 意識が朦朧とする中、かろうじて動いた首で時計を見ると、既に時間は午前五時を回っていた。


「寝たら…い…けなグーーーーーー」


 そのまま眠りに着いてしまった。


「ようやく寝たニャ。さてと、私も情報集める……あ、そういえば気ににゃることがあったんだったニャ。まぁ、またでいいかニャ」


 その後、目覚めた俺は遅刻を覚悟したが、驚いた事に、何故か俺が目覚めた時間は登校するには十分なほど時間あった。


 当たりを見渡すと、部屋にクロアの姿は無かったが、何故か近くに居る感じがした。


 そして、今に至るわけだ。


「今日も終わった〜」


 授業も終わり放課後。活気に満ちた教室の隅っこで、両腕を上にあげ、同じ体勢でいたせいで固まってしまった体をグイーッと伸ばす。


(コイツは友達はあの坊主頭しかいないのかニャ)


 今日は鍵の返却を任されないように、いそいそと授業道具とストラップを片付け、放課する。


「家で俺が帰るのを待っててくれてるのかなぁ〜。えヘヘヘヘ」


(待つどころか隣にいるんだけどニャ。魔法で透明ににゃってるから見えにゃいけど)


 クロアが直ぐ近くに居て、その間抜けな顔をも見られているとは知る由もなく、俺はただ高揚した気分のまま帰宅した。

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