凛とリンじゃない。
この白い世界に相反するような漆黒の体、あの特徴的なフォルム、ピコピコと忙しく動く尖った耳、背後からでも分かる程のヒゲ。
確かに猫だ。しかもその漆黒の毛は手入れが行き届いているようで、見惚れてしまうほど綺麗だった。
しかし、ある事に気付いた。今、俺がここに、この白い世界にいることさえも霞んでしまうほど、俺にとってはとても重大な事に。
尻尾の先についている、あの紅いリボンは。
間違いない。
あの猫は、
あの時の―――。
俺は頭で考えるより先に走っていた。
黒猫に近づくために。
そして、走りながら、このどこまでも続く白い世界に響き渡るような大声で、叫んだ。
「りいいいいいいいいんッ!!!!!!」
その黒猫の名を。
だが黒猫までの距離が残り僅か三メートルとなった時、
「ぐぶぇ!?」
何かにぶつかり俺の行手が阻まれた。ぶつかったのは何もない空中、透明な壁がそこにあった。
「い、いってぇ……なんだこれ……壁?」
両手でペタペタと触ったり、力一杯押したりするがビクともしない。この壁より前へ進む角ができない。
「なあ、凛!凛だよな!!こっちを向いてくれ!君は右目が青、左目が紅色のオッドアイなはずだ!合っているなら!君が凛なら!返事をしてくれ!」
俺が大声で問いかけるが、我関せずという感じで反応しない。耳すらもこっちへは向かず、先まで綺麗な黒い毛に包まれた尻尾だけがフリフリと動き、先に付いた大きなリボンが揺れている。
透明な壁にもたれかかっていたが、暫くして崩れ落ち、俯く形で座り込む。少しして目から光が一粒、頬をつたいポタリと床に落ちる。
「凛…ごめんな……あの時………守って……やれなくて……本当に…ごめ―――」
「あーもう、煩いにゃあ」
「……え…」
ずっと黙り込んでいた黒猫からの突然の一言に、咄嗟に反応する事が出来ず、一語だけ声が出た。
すると、黒猫は尻尾を白い床に一度強く叩きつけた後、再び口を開きながら立ち上がり、体を百八十度回転させ此方を向く。その姿は"見返り美人"そんな言葉が相応しい、そう思った。
「にゃにごちゃごちゃ言ってんのか知んにゃいけど、私は"リン"なんて名前じゃにゃいからね。私の名前は………にゃんて、話してる場合じゃにゃいか……」
黒猫は右前脚で器用に頭をかきながら、先程背を向けていた時と同じようにその場に座った。
そして、此方をその大きな瞳でギロリと睨みつけてくるが、俺は恐怖の感情よりも喜びが勝り、涙が溢れてくる。
だって、俺の言った通り、凛と同じ右目が青色、左目が紅色のオッドアイだったのだから。
だが、その瞳には光が灯っておらず、お前なんかどうでもいいと言っている様で、その姿に俺の知っている凛の面影は無く別人、いや別猫と言えるだろう。
俺はもう一度恐る恐る問いかける。
「な、なぁ、君は凛じゃ……ない…のか?」
黒猫は「はぁぁ」と、大きな溜息をつき、もう一度尻尾を床に叩きつける。
「違う、だからもう目覚めるニャ。ほら、友達が待ってる」
黒猫は先程、頭をかいていた右前脚を白い世界の天井に向けて、そう俺に伝える。
そう言われ俺も無き天井を見上げる。すると、何処からか声が聞こえる、この声は、鐘場と藍叶の声、
「おい!詠野!起きろ!おい!」
「猫野!起きなきゃ腹パンするぞ!」
「ちょっと、鐘場君、藍叶さん、落ち着いて!藍叶さん振りかぶらないで!」
と、先生?だろうか藍叶を止めようと必死な声が聞こえる。
「アイツら……、けど、まて、凛!俺はまだ起きるわけには―――」
「煩い、じゃあニャ」
黒猫はそう言ったと同時に軽くジャンプし、俺の額に自分の肉球を叩きつけた。いわゆる猫パンチ。
すると、ムニュという感触の後に何故か急激な眠気に襲われ、俺はその場に倒れる。あっ、柔らかいっ……じゃなくて…!
「待ってくれ……りん…いや、く…ろ……ね………」
俺は言い切る前に気を失ってしまった。
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