第三十七話 回想Ⅱ
「――ですね……? まったく驚かされましたよ」
ちっちゃな僕のためにテレビの人たちが用意してくれた控室でうとうとしていると、ドアの向こうから声が聴こえてきたので目が覚めちゃった。多分、あのアナウンサーの人だ。
「そうかね? 君も大方、手品やトリックの類だとでも思っていたのだろう? でもこれではっきりした筈だ……違うかね?」
もう一人はパパだ。少し怒っているみたい。
やだな。機嫌の悪い時のパパは凄く怖いんだ。
「あ――い、いや、そんな……」
「ヒイロ君の持つ超能力は、生まれ持っての物なのでしょうか?」
「ああ。気になって当然だろうな。だがね――」
ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!
と、突如、けたたましい警報が鳴り響いて、僕にはパパの台詞が最後まで聴こえなかった。
「……え? それはどういう意味――」
「今、君が聞いた通りだよ。しかし他言無用だぞ」
彼が戸惑いを隠そうともせずに問い返すと、パパはさっと言葉を差し挟んで釘を刺した。彼は一瞬押し黙ると慎重な口調になり、さっきの台詞とは別の言葉を選んだ。
「それは……勿論です。では彼は、ヒトの進化の道を指し示す存在だと? そう仰るので?」
「そうではない。そうではないさ」
まだ警報が――鳴り止まない。
「超能力とは、ヒトが進化や革新の末に獲得した新たな力などではない。欠けたピースを埋めようとするような行為だよ。そうだな――」
パパの吐き捨てるような台詞を。僕は今もなお、忘れることができない。
そしてこの先も、僕が生きている限りずっと忘れることはないだろう。
「いわばコンプレックスの裏返し――それだけだ」
――暗転。
「おい、お前たち、急ぐんだ!」
「ひーくん! 大丈夫!?」
「う、うん!」
パパが怒鳴っている。ママがきつく握る僕の手は、白くなって、痛い。何か凄い物が空から来る、ってパパが言う。さっきまで晴れていた空は薄暗い。どうしよう。お家では、僕の妹になったあさぎちゃんが家政婦の洋子さんと一緒に待ってるのに。きっと凄く怖がっている。泣いちゃってるかもしれない。早く――お家に帰りたい。
「糞っ! どこも凄い人だ!」
「皆さんっ、こちらの入り口から地下へっ!」
駅へと向かう道は人で溢れかえり思うように進めない。警察官のお姉さんが呼ぶ声がする。
「地下街には災害シェルターがあります! この地下街の強度は大規模な災害に備えた強固な設計になっていますので、このまま地上にいるよりはるかに安全です! ですので――!」
「何を馬鹿な! まだ駅まで距離があるじゃないか! こんなところで地下に潜ったら――」
「あなた! でも、あの人は安全だって……」
「安全!? 安全なものか! こんな事態に安全な場所なんてあるものか! 一刻も早くこの場所から離れないと! 糞っ、こんなところで私は……! おい、この手を――」
「あっ!」
引き留めようとする手を振り解かれた勢いでママがよろけてバランスを崩した。後ろにいた僕の方へと倒れかかってきたので、両手を突っ張って何とか懸命に支えてあげる。
「ママ、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ。けれど――」
パパがいなかった。
わずかな隙間に、どっ、と人が押し寄せ、僕たちとパパとの間を埋め尽くしてしまった。思わず言葉を失う。しかし、きつく握り締められたママの手が僕を勇気づけてくれた。
「仕方ないわ。私たちは地下に急ぎましょう。パパは一人でも平気。きっと会えるからね」
「うん」
僕は頷いた。本当はそうしたくなかったけれど、もしそこで頷かなかったら、ママが泣き出してしまう――そう、思ったから。
――暗転。
ほんの一瞬だった。
何も見えないし、何も聴こえない。
真っ暗だ。
「マ――ママ!」
返事はない。さっき、天井のもっと上の方から物凄い音が鳴り響いたかと思ったら、もうこうなっちゃってたんだ。
何だか――頭が痛い。
凄くずきずきと痛む。それに熱い。
ぬるぬるとぬめった感触が頭のてっぺんにあって、少しずつそれが下の方へ、顔の方へと下がってくる。僕はそれがとても嫌だったので――虫とかだったら嫌だと思ったし――恐る恐る右手を伸ばして触ってみようとした。けれど――。
「あ……」
そこで気付いてしまった。
この右手はママと繋いでいた筈なのに。
「ママ! ママ! どこ!?」
僕は慌てて闇雲に目の前に向けて手を伸ばした。でも、これは失敗だった。
ゴリッ!
「――っ!!」
ちっとも見えないけれど、すぐ目の前にじゃりじゃりしたものがあって、僕はそこに思いっきり指先をぶつけてしまった。凄く痛い。突き指っていうのをしてしまったのかもしれない。ずきずきが増えた。そう考えたら頭の方のずきずきがますます酷くなる。ああ、いやだ。
今度はゆっくりと左手を伸ばしてみる。
ぺと。
ぺと。
ぺと。
慎重に身体のすぐ脇から前の方へと順番に触れてみる。ぐるりと一通り目の高さあたりを触ってみてから、少しずつ触る位置を下げて、また同じように触っていく。最後の方の足元辺りで、冷たくってぶよぶよしたものに触った。ぬるりと湿っている。
何だろう、これ……。
ちょっと怖くなってきた。
もう、触らない。
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