第三十三話 高校生男子はえっちで当たり前



「んなああああああああああああああああああ!」

「ほにゃあああああああああああああああああ!」


 何なのこの既視感デジャビュ


「……くろ。何か、黒いの………………見たの?」

「だから俺の色を見るなっつってんだろーが! それに、色と感情の因果関係ないってば!」


 映像記憶との因果関係はあるかも。咄嗟とっさにそう思ったけど。しかしだ。こいつは忍者の末裔まつえいか何かなの。もしくは壁抜けの能力とか手に入れたのか。ホームセキュリティとか無意味。


「ナンデ!? 智美子ともみこナンデ!?」

「さっき、ぷるるーってインターフォン鳴ったよ? で、志乃姉が出て、おー入れ入れ、って言ってたじゃん。別にいつもと変わりないと思うけど……」


 それ、いつだよ!?

 まあ、いつもと変わりないっちゃそうだけど!


 そうなんだけど……皇女様の視線が痛い……。


「く、黒……」


 皇女様は智美子の台詞を繰り返し、軽蔑混じりの嫌そうな表情で俺を見ている。


 やめて……。


「違うぞ? 違うからな?」


 違わないけど違うんです。


 俺は必死で何もかもを打ち消そうと顔の前で何度も手を振ったのだが、この場合の否定の言葉はある意味全てを肯定してしまったようなものでもある。結局疑いは晴れることなく、けがれたものから視線を反らすようにして、皇女様は智美子へと会話の相手を変えた。


「貴女は確か、真坂まさか智美子ともみこさん、よね?」

「………………ども」


 登校初日でまだまともに会話も交わしていないクラスメイトの顔と名前を一致させているのはさすがとしか言いようがない。公人としてこうあるべきというか、《主人公》ならではというべきか。いずれにしても賞賛に値するスキルである。一方智美子はそのことに感心も感動もしなかったらしく、警戒心をあらわにして半分俺の影に隠れるようにぼそりと応じた。


「こら、俺のシャツ引っ張るなって。今日からご近所さんになるんだし仲良くしておけよ?」

「……そなの?」

「ああ、そうだ。そうだな、来たついでだ。お前の《第六感シックス・センス》がどういうものか、アルマと奈々瑠に披露してやってはくれないか?」

「……志乃姉が言うなら。気乗りはしないけど」


 智美子は渋々頷いた。俺が思わずほっとした表情を浮かべたことにも気付いたらしい。一方皇女様はと言うと、次に能力を披露するのが俺ではなくなったので不満そうな表情をしている――ようだった。どちらも似たり寄ったりだが、表情が乏しいというのは扱いづらくて困る。


「じゃあ、ひーくん、来て」

「また俺かよ……」


 まったく。今日は色々と災難だ。心の中で溜息を吐きながら智美子に手を引かれるまま再びリビングの中央まで移動する。


「考えたら立ってやる必要なくないか?」

「……分かりやすさを優先」

「なるほど」


 そこまで納得してないんだけど、俺。


 などと思っていると。




「じゃあ……はい」




 ぴら。




「俺にやんなってばもおおおおおおおおおおっ!」


 自分が嫌。もうほんと嫌。惜しげもなく曝け出された智美子の胸の谷間を本能的に注視してしまった俺は、その直後、ぶん! と首が捻じ切れるかと思うほど大急ぎで視線を反らした。


「あら……? そういう仲……ということなのかしら……?」


 はい、俺、アウト。皇女様と奈々瑠ななるの軽蔑混じりの冷たい視線をまともに見返すことができそうにない。羞恥と怒りのあまり身を震わせながら俺は蚊の鳴くような声で必死で抗弁する。


「ち、違う……違うんですよ? これはあれだ――」

「……そう、違う」


 微妙な空気が漂う中、自らの手によってあられもなく乱れた服装を正しながら――ビッチキャラを崩さない程度に慎ましやかに、かつ必要な分だけのはしたなさを残しながら――平然とした顔付きのまま智美子は否定する。


「……あたしの能力を見せるには必要な手順。なの。そして……今回も、ぴんく。……以上」

「だあああ! そ、そうなんだよな、智美子」


 これ以上、色に触れられたらまずい。肝心な智美子からの説明が皆無だったことも手伝って表情がすっかり死んでしまっている皇女様と奈々瑠に向け、慌てて説明を開始した。


「と、という訳で! 智美子の能力は《相手の感情の色彩化》だ。ベースになっているのはもちろん《視覚》! ただ、えっと……どういう理屈かはさっぱり分からないんだけど――」


 さっきの浅葱あさぎ同様、本来なら本人から説明させるのがベストだが、やるだけやって言うだけ言い終えた智美子はさっさとソファーへ移動してしまった。今は志乃姉で浅葱の淹れてくれた紅茶を飲みながらクッキーを、ぽりぽり、と齧っている。ここは俺一人で説明するしかない。


「智美子が言うには、視覚化された感情が相手の額に色として浮かび上がるんだ。ホログラフィーみたいな感じで、一定の角度を維持していないとすぐ見えなくなっちまうらしい。そこで俺たちは色々試行錯誤した結果、遂にベストな角度を見つけたんだ! それがさっきの――」


 そこまですらすらと言葉を並べ立てていた俺の舌はそこで凍りついた。




 あ。

 俺、詰んだ。




「さっきの……その続きは何なのかしらね……?」


 細く目をすぼめた皇女様が今まさに浮かべている表情は、彼女がいかに感情に乏しかろうが容易に察しがついた。そっかー、侮蔑ってこういうんだー。嬉しくない。嬉しくないぞ。


「それに……試行錯誤したのよね? 何度も何度も。繰り返し繰り返し……」

「ああ、そうそう。そうなん――い、いやいやいや! 違う! 違うんだって!」


 とんでもない誤解だぞ。

 確かに、何度も何度も、繰り返し繰り返し試したけども。


「……毎度毎度、食いつきはよかったです、はい」

「なー?」

「そ、そこ二人いいいいい!」


 嘘じゃないけど本当じゃないだろ。

 二人っきりじゃなくっていっつも志乃姉いたじゃん。


 志乃姉と智美子の余計なコメントで俺の立場は悪くなる一方だ。智美子は項垂れた顔を両手で覆い、それを志乃姉が隣から身体を抱くように、ぽんぽん、と慰めなだめている。ときおり智美子が身体を震わせる素振りを見せるのだが――大方必死に笑いを堪えているに違いない。


「貴方……!」


 すっかり二人の大根演技に騙された皇女様が椅子を蹴るようにして立ち上がった。そして、俺のか細い首をすっ飛ばそうとでもするかのように広めのスタンスを取って構え始める。


「ちょ――! 立つな! 構えるな! ご、誤解だ! 誤解だってば! お、おい、奈々瑠! お前からも皇女様に――」




 ひいろ は にげだした!




 と、必死で救いを求めた俺なのに。


「……へー。ぴんく、なんですねー。へー……」




 に・げ・ら・れ・な・い!




「だーかーらー! 色と感情の因果関係ないんだってばあああ!!」


 皇女様の誤解を志乃姉が大爆笑しながらも何とか解きほぐしてくれやがったのは、それから優に五分も経った後のことであった。



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