第二十七話 凝れば凝るほど料理は微妙になる
ついさっきしでかした何とも
考えてみれば不思議じゃない。だが俺は、ここに住むのは奈々瑠一人だけだと勝手に思い込んでいたのだ。しかし、皇女と従者という関係の二人が生活を共に過ごすのは当然だろう。
『な――!? お、お前が何故!?』
『………………はあ』
皇女様は俺の知能レベルの低さに呆れたように深々と溜息を吐いたかと思うと、まるで我が家に帰ったかのような淀みない動作と振る舞いで、ブランド物のローファーを脱いで丁寧に揃えると、その場に俺を残して悠々と皆の待つリビングへと歩き去って行ったのであった。
ちなみに、終始無言のままで、である。
俺、何か気に障ることしたかよ。
ともかくだ。現在さほど広くない我が家の食卓は、俺と志乃姉と浅葱の見慣れた面子以外に、某国の皇女様と御付きの駄メイドが列席しているという何とも
「あ……あの、伺ってもよろしいでしょうか?」
「……
箸の止まった奈々瑠が手の中の茶碗に視線を落としたまま小さく言葉を発した。それを、ちら、とアルマが非難がましい目つきで見る。食事中ですよ? とでも言いたいのだろう。
「構わんよ。食卓は騒がしいくらいがいい」
志乃姉が相好を崩して応じると、アルマの口から諦めたように溜息が漏れ出た。
「さ、先程の話の続きをお聞かせ願いたいのですが……」
「ああ、そうだったよな。しかしだ、今後堅苦しい言葉遣いは一切無しだぞ、奈々瑠=ティアーレ。私はお前たちの親代わりを引き受けたのだからな。もう少し肩の力を抜き給え」
「あ………………はい」
そう言われてもいきなり切り替えるのは難しい。さんざ迷った
「《
「ふむ」
志乃姉はしばし考え込み、空になった目の前の皿の上に彩りで添えられていたカイワレ大根を、箸で五本、
「お前たちも、《五感》と言うのは分かるよな?」
こくこく。
奈々瑠がしきりに頷く。わずかに腰を浮かせるその姿を見る限りやっぱり見づらいらしい。
「古代ギリシャの賢人、アリストテレスによる分類定義に端を発する概念――それが《五感》だ。それがさまざまな文化に引き継がれ、現代においても広く通念となって定着した訳だが、言うまでもなく《五感》とは、触覚・嗅覚・味覚・聴覚・視覚の五つで構成されている」
浅葱はまだ仕方ないにしても、俺にとっては既知の事実。このあたりの話は高校生ともなれば嫌でも習う。妹よ、ここ試験に出ます。覚悟しとけ。志乃姉は頼りないカイワレたちを箸で一本一本摘みあげては、それぞれにざっくりとした説明を付け加えつつ、話を続けていった。
「――そしてこれらは、ヒトが母体内で獲得していく能力の順序をも同時に表しているんだ」
実のところ現代では《感覚》には少なくとも九種類が存在すると学問的に認められている。さらに細分化すればその数は二〇種類にものぼる、とする説すらあるのだが――恐らく志乃姉は、余計な知識を入れることで混乱させてしまうことを避けようとしたのだろう。
「そして、だ。近年現れたのが先程から何度か私たちが口にした《第六感》と呼ばれる力だ」
やっぱり追加で登場したのもカイワレ大根だった。しかし、一旦は華々しく登場した六本目だったが、皿の上に並べられることもなくそのまま志乃姉の口の中に放り込まれてしまう。
もぐもぐ。
「だが、実のところ《第六感》は、本来《六番目の感覚》と呼ぶべき代物ではないんだ」
「ち、ちょっと意味が……?」
「ま、だろうな。つまり《第六感》――かつては《超能力》などと呼ばれていたこの力は、今まで人類が有していなかった新たなる感覚、別の特異な力、などではないということだ」
志乃姉は目の前に並ぶカイワレを一つ一つ摘み上げては口の中へ次々と放り込んでいく。
もぐもぐ。
そして飲み下してから話を続けた。
「要するにだな? 《第六感》とは、誰しもが持っているこれら《五感》が拡張または変質してしまった結果生まれてきたものなのであり、その延長線上にある力なのだということだよ」
「研究者によっては、成り立ちや概念を踏まえ《
さすがに志乃姉一人だと説明も面倒そうなので、微力ながら俺も加勢することにする。
「……でもだな、志乃姉? ああいうのだって所詮ゲーム用語レベルの俗称であって、正式な呼称じゃないって聴いたけど。そもそもの《第六感》って呼び方だってそうなんだろ?」
「そうだ。なんだかんだ言っても、たかが一〇年そこそこの話だ。まだまだこれからだ。学問的に体系化されるのも、人々の感情的に広く浸透するのも――」
ずず……。
最後まで言い切らず志乃姉が口元を湯呑みで隠したのは、歯痒さと気まずさのせいだろう。
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